イケメン義弟に何度お見合いをさせても、フラグを折って戻ってきてしまいます
まったくお金がないんです
「あの子、またお見合い相手からお断りされちゃったんだってさ。アリスタ」
「セレンってば、帰ってきちゃったのよ、アリスタさん。困った子よねえ」
お断りされちゃった、では済まないのだ。
帰ってきちゃったのよ、はいそうですか、で終わらせられるなら、必死に見合い相手など見繕ってはいない。
大変だったのだ、新たな婿入り先候補を見つけるのは。
リンデン伯爵家は分かりやすく傾いている。そんな家から婿をもらうなどという話になれば、大抵の家が二の足を踏む。たとえ娘自身が彼を気に入り、婚姻を懇願したとしてもだ。
なのに、この能天気な両親ときたら。
アリスターシャ・リンデンは目を瞑って眉間をもみながら、二人に向き直った。
「……お父様、お義母様。セレンはどこですか」
すると背後から艶のある声が降ってきた。
「ここにいますよ、姉上。あなたのセレンが帰ってまいりました」
アリスターシャは無言でセレンナーグ――二つ年下の義弟の頭をはたいた。
「痛ったっ!」
癖のない銀髪が揺れる。アリスターシャの黒い癖毛とは正反対だ。
セレンナーグは頭をさすりながら、形のよい眉を下げてアリスターシャを見下ろした。我が弟ながら、とても整った顔面をしている。義母に似て、咲き初めの花のように美しい。
アリスターシャにこの容姿が備わっていたならば、話は早かったのに。
「私のあなた、じゃないのよ。なにお断りされてるの。なに帰ってきちゃってるの。ヒューゼル伯爵家なら、家格は同格、奥様になるのは美人かつ聡明な社交界の華エリザンド様で、領地は交易の要所、手堅く資産を蓄えてる上に、宝石の鉱山を複数持ってる優良株だったの! お兄様はいらっしゃるけど、どうにも評判いまいちな方らしいから婿取りになったのよ。つまりあなたの奥様が未来の伯爵様になったかもしれないの。なのになんで、なんで、帰ってきちゃったのっ?」
「だって、姉上に会いたかったので」
アリスターシャはもう一度セレンナーグの頭をはたいた。自分に非があると感じている時、セレンナーグは避けない。アリスターシャによって、幼い頃からそう教育されているもので。
アリスターシャは無言で両親を振り返ると、顎をしゃくる仕草だけで目の前のソファへ並んで座らせた。二人が縮こまりながら腰を下ろしたのを睥睨してから、その端にセレンナーグを、やっぱり眼差しだけで座らせる。
「……あねうえ」
「黙る」
「あの」
「黙りなさい」
「……はい」
両親同様、小さくなったセレンナーグにひとつ頷いてから、アリスターシャは腕組みをした。
リンデン伯爵家臨時家族会議の始まりである。
「何度も言いましたよね。我が家にはお金がないんです。セレングの婿入りだけが頼みの綱なんです」
すると父伯爵がおそるおそる右手を挙げた。
アリスターシャは黙ったまま頷き、父の発言を促した。
「セレンの婿入り・逆玉の輿で援助を狙うよりも、アリスタが資産家から婿をもらって持参金をもらう方が手っ取り早くないかい?」
グランスタン王国は長子相続である。セレンナーグも養子縁組をしているので跡継ぎには成り得るが、年長のアリスターシャが家を継ぐのが順当な流れだ。
しかしアリスターシャは鼻で笑ってみせた。
「前にも話したでしょう。持参金は一時的なものです。焼け石に水、山火事にバケツの水一杯の効果くらいしかないわ」
そう言い切ってから、一転して両手で顔を覆う。
「それに! ……私の器量では、財産がないのを押して貧乏伯爵家に婿入りしてくれる殿方が見つかりませんでした……。気づけば二十歳を越してたわ」
「こんなに可愛いのにね、姉上は」
「そうよねえ、アリスタさんは旦那様に似て魅力的なのに。ねえ、セレン」
「憐みはいらないわ……」
うなだれたまま、アリスターシャは絞り出すように呟いた。
だが、へこんでいる暇はない。資金繰りは待ってくれないのだ。
「だから、セレンがお金持ちのお嬢様に見そめられて、手練手管でうまぁく世間知らずの妻から援助を引き出してくれるしか、我が家が生き残る術はないのよ! 何回言わせるの」
はい! と今度は義母が挙手した。
アリスターシャが指名する前に話し出す。
「でもね、アリスタさん。お金は確かに大事だけれど、それだけじゃないと思うのよ。わたくし、旦那様――アリスタさんのお父様に初めてお会いした時、こうね、ビビッときたのよ。わかるかしら、左胸の辺りがね、ビビッと」
「イリヤナ……私もだよ! アリスタの母を亡くして気落ちしている私の前に現れた君は、まるで慈愛の天使のようだった――」
「はいはい、その話は長くなるからまた今度で」
両手をパンパンと打ち鳴らし、アリスターシャは脱線しかけた話の軌道修正を試みた。
「つまりお義母様は、セレンも同じようにビビッとくるやつ、いわゆる恋愛結婚をさせてあげたいとおっしゃるのね?」
両親だけでなく、セレンナーグも弾かれたように何度も頷いてみせる。
心情的には分かるのだ。アリスターシャだって悪魔ではない。八歳の頃から十三年余り、一緒に育った義弟に対する愛はある。
だが、現実は残酷なのだ。
アリスターシャは息をつくと、いつも首から下げている金庫の鍵を胸元から引っ張り出した。
アリスターシャが持っているのが一番確実だからと、父から預かっているのだ。
そうして父の書斎の方角を指し示した。
「今回、なけなしの領地だけじゃなく、この屋敷まで抵当に入ったわ。お父様が新規事業とやらに手を出したせいで」
「グランスタンではまだまだ珍しい果物を使った果実酒作りの事業だよ。当たると思わないかい?」
「思わないわ! さんざん辛酸を舐めてきたもの! どうして資金を出す前に疑わないのよ、調べないのよ! 事業は紙の上だけの偽物、見学に行った醸造工場も果実酒そのものも共同経営者も全部偽物! 差し押さえも時間の問題よ」
「姉上……」
「私たち、このままだと住むところもなくなるのよ、セレン」
アリスターシャはセレンナーグに歩み寄り、すがるようにその両肩を掴んだ。
心なしかセレンナーグの頬が薔薇色に色づく。
「ねえ、セレン、お願いよ」
アリスターシャは義弟に顔を寄せ、にっこりと微笑んだ。
「――観念してお婿に行ってちょうだい、今度こそ」
「あの子、またお見合い相手からお断りされちゃったんだってさ。アリスタ」
「セレンってば、帰ってきちゃったのよ、アリスタさん。困った子よねえ」
お断りされちゃった、では済まないのだ。
帰ってきちゃったのよ、はいそうですか、で終わらせられるなら、必死に見合い相手など見繕ってはいない。
大変だったのだ、新たな婿入り先候補を見つけるのは。
リンデン伯爵家は分かりやすく傾いている。そんな家から婿をもらうなどという話になれば、大抵の家が二の足を踏む。たとえ娘自身が彼を気に入り、婚姻を懇願したとしてもだ。
なのに、この能天気な両親ときたら。
アリスターシャ・リンデンは目を瞑って眉間をもみながら、二人に向き直った。
「……お父様、お義母様。セレンはどこですか」
すると背後から艶のある声が降ってきた。
「ここにいますよ、姉上。あなたのセレンが帰ってまいりました」
アリスターシャは無言でセレンナーグ――二つ年下の義弟の頭をはたいた。
「痛ったっ!」
癖のない銀髪が揺れる。アリスターシャの黒い癖毛とは正反対だ。
セレンナーグは頭をさすりながら、形のよい眉を下げてアリスターシャを見下ろした。我が弟ながら、とても整った顔面をしている。義母に似て、咲き初めの花のように美しい。
アリスターシャにこの容姿が備わっていたならば、話は早かったのに。
「私のあなた、じゃないのよ。なにお断りされてるの。なに帰ってきちゃってるの。ヒューゼル伯爵家なら、家格は同格、奥様になるのは美人かつ聡明な社交界の華エリザンド様で、領地は交易の要所、手堅く資産を蓄えてる上に、宝石の鉱山を複数持ってる優良株だったの! お兄様はいらっしゃるけど、どうにも評判いまいちな方らしいから婿取りになったのよ。つまりあなたの奥様が未来の伯爵様になったかもしれないの。なのになんで、なんで、帰ってきちゃったのっ?」
「だって、姉上に会いたかったので」
アリスターシャはもう一度セレンナーグの頭をはたいた。自分に非があると感じている時、セレンナーグは避けない。アリスターシャによって、幼い頃からそう教育されているもので。
アリスターシャは無言で両親を振り返ると、顎をしゃくる仕草だけで目の前のソファへ並んで座らせた。二人が縮こまりながら腰を下ろしたのを睥睨してから、その端にセレンナーグを、やっぱり眼差しだけで座らせる。
「……あねうえ」
「黙る」
「あの」
「黙りなさい」
「……はい」
両親同様、小さくなったセレンナーグにひとつ頷いてから、アリスターシャは腕組みをした。
リンデン伯爵家臨時家族会議の始まりである。
「何度も言いましたよね。我が家にはお金がないんです。セレングの婿入りだけが頼みの綱なんです」
すると父伯爵がおそるおそる右手を挙げた。
アリスターシャは黙ったまま頷き、父の発言を促した。
「セレンの婿入り・逆玉の輿で援助を狙うよりも、アリスタが資産家から婿をもらって持参金をもらう方が手っ取り早くないかい?」
グランスタン王国は長子相続である。セレンナーグも養子縁組をしているので跡継ぎには成り得るが、年長のアリスターシャが家を継ぐのが順当な流れだ。
しかしアリスターシャは鼻で笑ってみせた。
「前にも話したでしょう。持参金は一時的なものです。焼け石に水、山火事にバケツの水一杯の効果くらいしかないわ」
そう言い切ってから、一転して両手で顔を覆う。
「それに! ……私の器量では、財産がないのを押して貧乏伯爵家に婿入りしてくれる殿方が見つかりませんでした……。気づけば二十歳を越してたわ」
「こんなに可愛いのにね、姉上は」
「そうよねえ、アリスタさんは旦那様に似て魅力的なのに。ねえ、セレン」
「憐みはいらないわ……」
うなだれたまま、アリスターシャは絞り出すように呟いた。
だが、へこんでいる暇はない。資金繰りは待ってくれないのだ。
「だから、セレンがお金持ちのお嬢様に見そめられて、手練手管でうまぁく世間知らずの妻から援助を引き出してくれるしか、我が家が生き残る術はないのよ! 何回言わせるの」
はい! と今度は義母が挙手した。
アリスターシャが指名する前に話し出す。
「でもね、アリスタさん。お金は確かに大事だけれど、それだけじゃないと思うのよ。わたくし、旦那様――アリスタさんのお父様に初めてお会いした時、こうね、ビビッときたのよ。わかるかしら、左胸の辺りがね、ビビッと」
「イリヤナ……私もだよ! アリスタの母を亡くして気落ちしている私の前に現れた君は、まるで慈愛の天使のようだった――」
「はいはい、その話は長くなるからまた今度で」
両手をパンパンと打ち鳴らし、アリスターシャは脱線しかけた話の軌道修正を試みた。
「つまりお義母様は、セレンも同じようにビビッとくるやつ、いわゆる恋愛結婚をさせてあげたいとおっしゃるのね?」
両親だけでなく、セレンナーグも弾かれたように何度も頷いてみせる。
心情的には分かるのだ。アリスターシャだって悪魔ではない。八歳の頃から十三年余り、一緒に育った義弟に対する愛はある。
だが、現実は残酷なのだ。
アリスターシャは息をつくと、いつも首から下げている金庫の鍵を胸元から引っ張り出した。
アリスターシャが持っているのが一番確実だからと、父から預かっているのだ。
そうして父の書斎の方角を指し示した。
「今回、なけなしの領地だけじゃなく、この屋敷まで抵当に入ったわ。お父様が新規事業とやらに手を出したせいで」
「グランスタンではまだまだ珍しい果物を使った果実酒作りの事業だよ。当たると思わないかい?」
「思わないわ! さんざん辛酸を舐めてきたもの! どうして資金を出す前に疑わないのよ、調べないのよ! 事業は紙の上だけの偽物、見学に行った醸造工場も果実酒そのものも共同経営者も全部偽物! 差し押さえも時間の問題よ」
「姉上……」
「私たち、このままだと住むところもなくなるのよ、セレン」
アリスターシャはセレンナーグに歩み寄り、すがるようにその両肩を掴んだ。
心なしかセレンナーグの頬が薔薇色に色づく。
「ねえ、セレン、お願いよ」
アリスターシャは義弟に顔を寄せ、にっこりと微笑んだ。
「――観念してお婿に行ってちょうだい、今度こそ」