未定
「星はね、月があるからこそ輝くんだよ」
私の世界は、この言葉で輝き出した-


担任の挨拶を合図に、原田舞は1番に教室を出た。特に急いでいたわけではない。ただ、なんとなく教室は居心地が悪かった。それだけだ。
教室には30名程の生徒がいたが、舞が出ていったことに気付いた者は、誰1人としていなかった。
季節は7月中旬。夏休みを目前に控えた学校の雰囲気は、少し浮ついている。
廊下を歩く途中で部活動の用意を持った生徒たちとすれ違っていく。グラウンドに向かって行くことから、彼らは皆運動部であることが分かる。
今日も夏の日差しが容赦なく地面を照りつけている。よくもまぁこんな暑い時期に外で運動なんてしてられると、舞は感心した。根っからの引きこもりである舞には到底考えられない。
舞は階段を降りると、ひと気の少ない廊下に出る。ここは今やほとんど使われていない教室が多く、滅多に生徒は立ち寄らない。
そこから更に奥まで歩いていくと、1つの教室の前で止まった。ドアを開けると、掃除は定期的に行われているのかホコリでむせることなくすんなり入ることが出来た。
中は人が5人も入れば十分と言える程の大きさしかなかった。正確には、本棚やら物やらが多く、人の入るスペースが5人で限界、ということだ。
しかし、それを差し置いてもこの教室は他のどの教室よりも狭いと言えた。
窓際、日がちょうど隠れて当たらない位置に椅子と机が置かれていた。舞はいつもそこに座る。もはや定位置になっている。
椅子に座ると、肩から提げていたカバンの中からある物を取り出す。
窓を開け、空の様子を確認する。
「うん。見事な青空だね」
雲ひとつない空を見て、満足気につぶやく。そして、顔の前でカメラを構えた。
「カシャ」シャッターの切られた音が、狭い空間に響いた。
画面に目線を移し、撮れた写真を確認する。
「よし。いいものが撮れた」
青空の中を自由に羽ばたくカモメの姿が写真に収められていた。
舞の高校では、1年生の間は部活動に入ることが義務付けられていた。部活動になどやる気が起きなかった舞は、活動量が少なそうな写真部を選択した。
選択は間違っていなかったようで、活動時間は週に1日。部室に集まってスマホで撮った写真やら雑談やらをしているだけだった。
部員は1年生は舞1人だけ。2年生は1年生の時のみ参加して辞めていったらしい。3年生は2人残っており、舞と合わせて3人で活動していた。
舞は極度の人見知りと、影が薄いことが相まって先輩たちとはあまり馴染めなかった。会話には参加せず、1人部室の隅で空気と一体化しているだけだった。
その状況が変わったのは、舞が2年生に上がったタイミングだった。3年生の先輩たちは卒業。新入部員はゼロ。ついに写真部の部員は舞1人だけとなった。
使っていた部室は他の部が使うことになり、写真部にはとうとう部室が与えられなかった。
その状況を見兼ねた顧問は、せめて部室だけでも、と言って今は利用されていない空き教室(物置き部屋になっていたが)の利用許可をくれた。
そして、舞は晴れて1人自由になれる空間を手に入れた。
ここはうるさい声や、廊下を走る音すら聞こえない。舞にとっては居心地の良い空間になっていた。
初めてこの場所に来た時、この空間でなにか出来ないかと考えた時に、真っ先に浮かんだのが写真を撮ることだった。
写真部の部室なのだからそれをするのが当たり前なのかもしれないが、舞は別に写真を撮るのが好きで写真部に入ったわけではない。先輩たちも写真を撮っている姿などほとんど見なかった。つまり、入部して1年経ったが、舞は写真初心者と言っても過言ではなかった。
はじめて舞が写真部として写真を撮ったのは、狭い教室の中に飾られていた満点の星空の写真だった。ホコリの被った教室の壁にちょこんと飾れていたそれは、色褪せることなく輝いていた。
よく見ると、この写真だけホコリが被っていなかったため、もしかしたら飾ってからそんなに日が経っていないのかもしれない。一体誰がこの写真を撮ったのだろう、そんなことを考えながら、舞はスマホのシャッターを押した。
その日から、舞はこの教室に来ては何かしらの写真を撮った。本格的に活動したかったわけではないが、あの日撮った星空の写真が、舞の心を突き動かしていた。
そして、ついには貯めていたお小遣いでカメラを買った。最初は操作がわけも分からず苦戦したが、今ではすんなり使い方をマスターしている。今ではすっかりカメラの虜だ。
今日撮った写真を印刷しようか悩んでいたところで、廊下に足音が響いた。滅多に聞こえないだけに驚いたが、全く誰も通らないわけでもないので、警戒は解いてまた考えにふける。
そこで、足音が止まったかと思うと突然扉が開いた。
舞は自然と視線が扉の方に向く。
そこに立っていたのは、両サイドでお下げを作っているにも関わらず、地味なイメージどころか華やかさを感じさせる雰囲気を持った女子生徒だった。
彼女はどうやら3年生のようだ。この高校ではネクタイの色が学年毎に違う。1年生は黄、2年生は青。そして、3年生は赤だ。
彼女のネクタイは赤。つまり、3年生で舞の1つ上の学年にあたるということだ。
突然の来訪者は教室を見渡すなり舞に視線を定め、ニヤリと顔に胡散臭い笑みを浮かべた。
-逃げなければ。
舞の防衛本能が働いた瞬間だった。直ぐさま椅子から立ち上がり、先輩とは視線を一切合わさぬように横をすり抜けようとした。
「すみません。失礼します」
しかし、先輩を通り越したと思われるタイミングで、ガッチリと両肩を掴まれた。
「いやいや少し待ちたまえ」
「……なんですか」
「君、なかなか面白いことをしてるじゃないか」
「……なんの事ですか?」
今しがた舞がしていたのは、撮った写真の確認だ。ただカメラと向き合っていただけである。一体それのどこに面白さを見出したと言うのだろう。
舞は先輩の顔を怪訝な顔で見つめてしまう。その表情から認識の違いに気付いたのか、先輩は片手で手を振りながら「ごめんごめん」と軽く謝罪する。
「いや、なに。こんなことろでカメラを使ってるとは思わなくてね。すまなかったね」
と言いつつ、顔に反省の色が見えないあたり心から申し訳ないとは思っていないのだろう。
舞はその態度が癪に触ったが、これ以上の会話は無駄なだけだと気持ちを落ち着け再び歩き出そうとする。
しかし、またもそれは阻止されてしまった。
「すまない。本当に悪かったと思ってる。機嫌を直してくれ」
人にものを頼む時ですら彼女の態度は堂々としたものだった。それに、拗ねていると思われたのもなんだか気に食わない。
舞は逃げることは諦め、先輩の方へ向き直る。近くで顔を見ると、毛穴ひとつない整った顔立ちをしていた。
普段ならば見惚れていたかもしれないが、今はそんな状況でもない。未だ弧を描く瞳を捉えると、口調に少しの苛立ちを滲ませながら文句を言う。
「笑われたのは単純に不快です。それより、本当になんですか? 用がないなら離してください」
先輩は少し面食らった顔をしていたため、少し言い過ぎたかもしれないと心の中で反省した。
しかし、不快になったことは本当なので、謝る気はない。
次第に先輩の顔には先程よりも深い笑みが刻まれていく。かと思うと、突然肩に置いてあった手が離れていく。
「失礼。本当に悪気は無いんだ。ただ、少し君に興味が湧いたよ」
「興味って……」
舞は呆れてものも言えなくなってしまう。そんな舞のことはお構いなしに、先輩は自己紹介を始めた。
「名乗るのが遅くなってすまない。私は3年の星野ゆかりと言う。今後は是非とも、君と仲良くしたい」
ゆかりは舞の目を見てハッキリとそう言った。舞は、ゆかりの視線から逃げられなくなった。彼女には、どこか人を魅了する力でもあるかのようだ。
「それで、君はなんと言うんだ?」
ゆかりの視線にたじろぎつつも、舞は名前くらい言うべきかと変に真面目な思考が働いた。
「2年の原田舞です」
「ふむ、舞か。良い名前だな」
「……どうも」
たしかにキラキラネームでも、珍しくもないこの名前に不便を感じたことは無い。
しかし、舞は人から名前で呼ばれることが少ない。理由は単純で、舞には名前で呼び合うほど親しい友達がいないのだ。呼んでくれるのは両親くらいだろう。
だからこそ、久しぶりに家族以外の人間に名前で呼ばれ、少し胸がくすぐったくなった。返事が愛想悪くなってしまったのは、実は照れ隠しだったりする。
そんな舞の気持ちを無視するように、ゆかりは爆弾を落としたのだった。

「単刀直入に言う。舞、私と一緒にコンテストに出ないか?」
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