八王子先輩と私の秘密

第5話 八王子先輩と私のデート

 土曜日。
 私たちは『デスティニーオーシャン』に来ていた。
 デスティニーオーシャンとは海に囲まれた人工的な小島に作られた遊園地だ。『運命と奇跡の国』というキャッチコピーで国内でも有名なデートスポットである。大人向けのリゾート地といった感じで、園内の店によってはお酒も提供している。外側からぐるりと一周するクルーズ船なんかもあって、海と島の景色を見ながらカップルでゆったりとする楽しみ方が人気らしい。
 カップル……カップルか……。そういや私、八王子先輩と恋人なんだよな、一応。
 そろっと八王子先輩の顔を見上げると、私の視線に気付いた先輩がニコッと笑いかけてくれた。なんだか急に恥ずかしくなってきて、バッと前を向くが、手に指を絡められ、いわゆる恋人繋ぎになるのが感覚でわかった。
 ……今更、何を恥ずかしがっているのだろう。私たち、散々やることやってるじゃないか。
 何度もホテルに連れていかれて、何度も抱かれて、身体を重ねて。
 むしろ恋人なのに今までデートとか恋人らしいことをロクにしていなかったから改まってこういうことをすると妙に気恥ずかしい。
「じゃ、行こっか」
 八王子先輩がそう言って、繋いだ手をそっと引いた。なんだかこれからエスコートされるって感じがする。さすが『営業部の王子様』、こういうのは手馴れているのだろう。
 デスティニーオーシャンのある小島へ向かうには、一本だけある頑丈そうな鉄橋を機関車で渡る必要がある。以前テレビの特集で見たが、本物の蒸気機関を使っているらしい。
「潮の匂いが気持ちいいね」
「はい。波の音も心地いいです」
 匂いフェチの先輩は海の匂いを、声フェチの私は海の音を楽しむ。それぞれ楽しみ方は違うけれど、お互い穏やかに微笑みあっていた。
 ……なんでだろ、今日の先輩優しい感じがする。
 普段の先輩はいつも意地悪な笑顔を浮かべて私を(性的に)いじめるのに、いま目の前にいる先輩は正真正銘の王子様みたいだ。
 蒸気機関車は汽笛の音をあげて、真っ赤に塗装された鉄橋を進んでいく。機関車に揺られる音も気持ちがいい。
 今日は快晴だし、先輩も優しいし、いいデート日和になりそうだな、と私は青く輝く海を見ながら思った。

 デスティニーオーシャンの園内に入ると、入口――機関車の降り口では着ぐるみたちが待ち受けていた。
「わあ、うんめぇくんにキセキちゃんだ!」
「なにそれ」
 私が子供のように歓声を上げると、先輩はあまり興味無さそうな顔をする。
 いや、デスティニーオーシャンに来るならキャラクターの勉強くらいしてきてくださいよ……。
 うんめぇくんとキセキちゃんはこのデスティニーオーシャンのマスコットであり、主役級の人気者だ。
 イベント以外でこの二匹に同時に会えるのはまさしく奇跡的な確率である。
 うんめぇくんは私たちに近づくと、歓迎のしるしであるかのようにハグしてくる。先輩にはキセキちゃんがキスしている。先輩は「やめろ」と言いたげな顔をしているが、喜んでいる私の手前、我慢しているのだろう。
「せっかくだし、写真撮る?」
 先輩はスマホを私達の前で掲げて、自撮りを撮った。
「あとで写真、送ってください」
「いいよ」
 先輩はスマホをズボンのポケットにしまうと、また私の手を取る。
「じゃ、そろそろ中に入ろっか」
 先輩は、なんだか早くこの場を離れたいように私には思えた。
「……先輩、もしかして着ぐるみ苦手ですか?」
「いや? 薫子さんに気安く触るからちょっと嫌だなとは思ったけど」
 ……。
 私は赤くなった顔を隠すように俯いて、先輩に手を引かれていくのであった。

 デスティニーオーシャンの園内に入ると、小島と聞いていたが思ったよりもずっと広い空間のように感じられた。
 人がたくさんいるが、機関車に一度に乗れる人数が限られているためか、さほどゴミゴミしていない。ジェットコースターなどのアトラクションの近くを通ると、ワーキャーという歓声が聞こえる。
「薫子さん、何か乗りたいものある?」
「そうですね……」
 私は声フェチなせいか、耳が敏感である。あまり大きな声や音が発生しないアトラクションがいい。
 先輩にそう伝えると、「じゃあまずはゆったり行こうか」と、大きな観覧車を指さした。
 近くまで寄ると、本当に大きい。なんでも、頂上まで二十メートルあるそうだ。島全体を見渡せると聞くと、なんだかワクワクする。
 しかし、私は観覧車が一度乗ったら逃げ場のない密室だということを忘れていた。
 観覧車に乗ってしばらくガラス張りの窓から外を眺めていると、不意に先輩に抱きしめられた。
「先輩……?」
「……遊園地って、意外と二人きりになれる場所少ないね」
「んっ……」
 我慢の限界だったらしい先輩に、無理やり唇をこじ開けられる。ヌルッと舌が入ってきて、数秒ほど私の舌と絡み合った。
「……なに遊園地で盛ってるんですか先輩」
 先輩の額を手で押して、私はやっと解放された。この頃には私もキス程度で慌てるほどウブではなくなってきていて、ジト目で先輩を睨みつける。
「だって……薫子さんが可愛いから……」
「へえ、先輩はそうやって女の子を落としてるんですね、参考になります」
「本心なんだけどなあ」
 苦笑した先輩がフッと私の耳に息を吹きかけると、耳が敏感な私はビクッと震える。
「俺のためにオシャレしてきてくれたんでしょ? 可愛いよ、今日の薫子さんも」
「も、もう……」
 本心から褒められていると感じて、私はまた赤くなって俯いてしまう。しかし、先輩は私の顎を持ち上げて無理やり上を向かせ、またキスしてくる。
 観覧車では、島の景色を眺めるどころではなかった。

「クルーズ船、楽しかったですね」
「薫子さんが喜んでくれてよかった」
 閉園前の夜のパレードを見終わり、私たちは島から出る機関車に再び揺られていた。
「汽車から降りたら急がないと、終電逃しちゃいますね」
 私が腕時計を見ていると、
「終電のことは気にしなくていいよ、この近くにホテルを取ったから」
 と、先輩がにこやかに言う。
「……」
 ――いや、正直そんな予感はしていた。
 土曜日にデートしたということは、明日は日曜日で会社は休みなわけで……。
 私はまたこのパターンか、と密かに溜息をつきながら、先輩の手を取って機関車を降りたのであった……。

「……先輩って、どうしてそこまで私の匂い好きなんですか?」
「んー……落ち着くからかな」
「それだけ?」
「……薫子さんだから、だよ」
「私も、先輩の声だからこんなになるんです」
「じゃあこれからも、いっぱい名前呼んであげる」
「っ……だから耳元で喋らないでくださいって……!」
「ふふ、可愛い」
「あと匂い嗅ぐのもやめてください!」
「それは無理」
「即答!?」

 ――きっと、この先も、こんな漫才みたいな会話を続けるんだろうなと思った。
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