逃げられるものならお好きにどうぞ。


「俺さ、百合子さんと出会えてから、毎日が本当に幸せなんだ。だけど……時々怖くなる」

「怖くなるって、どうして?」

「幸せ過ぎてさ。いつかこの幸せが壊れるんじゃないかって……堪らなく不安になる時があるんだ」



少しだけ寂しそうな目をして笑った椿くんの頬に両手を当てて、グッと持ち上げる。

真正面から目を合わせれば、黒曜石の瞳が微かに揺らいでいるのが分かった。



「それじゃあこれからは、椿くんが不安になる暇もないくらい、私が椿くんを幸せにする。それで、椿くんがヨボヨボのおじいさんになっても、ずーっと一緒にいるから」

「……それ、プロポーズ?」

「……そうかも」

「ふっ、俺がするはずだったのに……百合子さんに先を越されちゃったね」



おかしそうに笑った椿くんの瞳から、つい先ほどまで滲んでいた寂しい色は消えている。



「……あ、お母さんから連絡がきてる。お父さんも帰ってきたみたいだし、そろそろ戻ろっか」

「ようやく百合子さんのお父さんとご対面かぁ」

「緊張してきた?」

「そうだね……うん。らしくなく、緊張してるかも。百合子さんを攫っちゃうのは最終手段としても、やっぱり百合子さんのご両親には認めてもらいたいからね。頑張るよ」

「ふふ、そうだね」



手を繋いで、家までの道をのんびりと歩くことにする。軒下から出れば相変わらず陽射しが強くて、その暑さには参りそうになるけど、それでも自然と手を繋ぎ合って隣を歩けることが、すごく幸せだなって。そう思った。

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