逃げられるものならお好きにどうぞ。
「ねぇ、椿くん。暑いから、ちょっとだけ離れてほしいなぁ、なんて」
「……やだ。離さない」
――もう、離れてなんてやらないよ。
これから先、また喧嘩をしたり、百合子さんを怒らせてしまうことだってあるかもしれない。
百合子さんが、俺のもとから離れていかないとも限らない。
だけど、もし、万が一そんな事態になったとしても、何度だって捕まえてみせるから。
「抜け出してみれば? ――逃げられるものなら、お好きにどうぞ」
今の自分は、きっと意地の悪い顔をしているんだろう。
これから何をされるか察したのか、百合子さんの顔が引き攣ったのが分かる。
だけど俺は、反論の言葉が飛び出してくる前に、腕の中に囲い込んだ最愛の人の唇をふさいだ。
……お小言は、あとでしっかり聞くからさ。
心の中で、そんな言い訳をしながら。
Fin.