Fahrenheit -華氏- Ⅲ
心音は荷物があるだろうことを予想して、あたしは車で行くことにした。
玄関エントランスを通ると、相変わらず背筋をビシっと伸ばしたウチヤマさんが
「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。
「行ってきます」と挨拶をしてカウンターを通り過ぎようとしたけれど、あたしはちょっと振り返り
「ウチヤマさん」彼に問いかけると
「はい」とそつのない返事が返ってきた。
「今日の私、変じゃありません?気合入れすぎ?」
「いいえ、いつも以上に素敵ですよ」とウチヤマさんは優しく微笑んでくれて、「あの男に会うのか。今度こそ闇討ちを……」とあたしに聞こえない程度に聞こえてきた言葉は随分物騒だった。闇討ち?てか相手オトコじゃないし。あたしは顔を引きつらせて
「じゃ、行ってきます」と地下に続く駐車場エレベーターに向かった。
地下エントランスの自分の車が停まっている場所まで歩いていると、想像以上にひやりと足元を冷気が通って行った。普段は会社だからストッキングを履いてるけど今日は素足にパンプスと言う恰好だからか。あたしはコートの前をきつく合わせた。
少し早めの16時ちょっと過ぎにに出ても、飯倉ICに乗ってしまうと、後は思った以上にすいすい進んだ。
空港の駐車場に車を停めたとき時間を確認すると17時を少し過ぎたところだった。流石に早く着きすぎたかな…
ま、いっかどこかで時間を潰してれば。
クリスマスイブの成田空港は賑わっていた。至るところにクリスマスツリーが飾ってあってイルミネーションがきれいに光っている。
イベントでもやっているのだろうかサンタの恰好をした職員が子供たちに色とりどりの風船を配っている。
その前を通ると、サンタの恰好に扮した職員の人に赤色をした風船を手渡された。流石にこの歳で風船と言うのもちょっと恥ずかしい気がしたが心音を見つけるのにいい目印になるかも。
特に店に入ることなく歩いているだけで楽しいのは今日がクリスマスイブだと言う特別感があるから、だろうか。
あっという間に時間は過ぎ、17時45分を過ぎていた。出口ゲートを見ていたが荷物の受取とかできっと混みあってるのね、人々がちらほらと出てきたが心音の姿は見えない。
そこから10分ほど経ったとき心音から電話が来た。
「混んでる?」気が急いていたのか挨拶もなにも言わずご機嫌に出ると
『んー。ちょっとトラブルで行けなくなった』と……
トラブル…?
そんな……楽しみにしてたのに…てかもう空港着いちゃってるんですけど。前もって言ってくれれば。
がくりと落胆していると
『だからね、クリスマスプレゼント贈っておいたわ、今そこに着く筈。もうちょっとそこで待ってて。Bey♪』
通話は一方的に切られてしまった。
クリスマスプレゼント?―――って何?着く?ってあたしもう空港よ?
訝し気に切られたスマホを睨んでいると
「Mom!!!」
久しく聞いていなかった、愛しくて愛しくて――――電話越しじゃなくて間近で聞きたいとずっと願ってた甘い声―――
ユーリ……!
声がした方へ振り返るとふわふわのピンクのコートに包まれて同じくふわふわの栗色の髪をなびかせて、世界で一番愛しいわが子があたしに向かって手を振っていた。