Fahrenheit -華氏- Ⅲ

あたしは言われるまま、カーテンの奥へと姿を隠し、啓の言った別の扉から外へと出ていこうとしたが、二人がどんな会話をするのか気になった。


「部長―――!」


あたしと同じように瑞野さんが病室に入って来るのが分かった。


そして大した怪我でないことも気づいたのだろう、「部長、大丈夫ですか」と瑞野さんが駆け寄ってきて、啓は大したことがないと言うことを苦笑しながら説明。


瑞野さんは―――誰から啓が事故に遭ったと聞いたのだろう、ちょっと気になったが佐々木さんが居たってことは彼が教えたに違いない。


急に足元が冷え込んできた。




今、あたしはここに居ちゃいけない女。




壁にもたれて軽く頭を上げる。




この後、啓は瑞野さんと約束通り食事をしにいくのだろうか。それとも怪我を理由に断る?ううん、断ったところで瑞野さんとの取引がある。延期にするか、それとも思ったより軽い状況だからどこかへ行くのか。


啓と歩く瑞野さんの姿を想像して、それが思いのほかお似合いだと気付いた。


啓はあたしといるより瑞野さんと居るのが幸せなのかもしれない―――何の弊害もなく……


いいえ、そう言うわけにはいかない。だって瑞野さんのおなかの中には二村さんとの子供がいる。


考えたって仕方ない。


あたしは病室をそっと後にした。



< 829 / 833 >

この作品をシェア

pagetop