身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

1 押し売りされました

「私に指一本触れることは許しません。私はあなたのことなど、一生愛することはありませんわ!」


 若き公爵であるアルフレッドとの結婚式が終わった初夜。そう新郎に言い放ち、部屋のバルコニーから自ら飛び降りた新婦ベアトリス、――それが私だ。
 
 ……いや、厳密に言えば、私に憑いている幽霊……、彼女が本物のベアトリスだった。

 彼女は運良く草木がクッションになって、大きな怪我もなく、擦り傷程度で済んだが、しばらく気を失っていたらしい。

 その時、私は彼女と出会ってしまった……。

 
 ――遡ること、数十分前。

 私は大きな木の扉の前に立っていた。ここはさっきまでいた病室ではない。私は白いワンピースを着ていて、繋がっていた点滴も、人工呼吸器もなかった。

「ここはどこ……?」

 辺りを見回すが、真っ白な靄のようなものが立ち込めていて何も見えなかった。私はとりあえず扉の中へ入ろうと、ドアノブに手をかける。

 ギイイイ……。扉を押し開けると、木の軋むような音が響く。

「ぜっ、絶対に、嫌ですわっっ!」

 中へ足を踏み入れた瞬間、女性の怒声が聞こえてきた。
 
 視線をそちらに向けると、若い赤髪の女性と、白いマントを着た中年の男性が、正面のカウンター越しで揉めているようだった。周りにいる人たちは心配そうに二人の様子を窺っている。

「そう言われましても、あなたは亡くなってはいませんので、ここをお通しするわけには参りません。身体へお戻りください」

「だから、嫌だと言っておりますでしょっ! 私は死んで、生まれ変わりたいのですわ!」


(死んで、生まれ変わる……?)

「鈴本(スミレ)さーん、こちらへどうぞ」
「……は、はい」

 カウンターの人から私の名前が呼ばれ、揉めている二人の隣に窓口に向かった。
 受付の男性はやはり白いマントを羽織っていて、書類のようなものを読み上げた。

「ええと、鈴本菫さん、享年23歳。幼少の頃から心臓が弱く、持病の心臓病で亡くなると。……今世、お疲れ様でした」
「は、はい」

(……そっか。やっぱり、私、死んじゃったのね……)
 涙を浮かべこちらを見つめていた両親の顔が、脳裏に浮かぶ。

「あなたはこのまま天国へ行っていただき、そこで新たな生を授かることになります。生まれ変わるに当たり、何かご希望はございますか?」

 その男性は書類から目を離し、こちらにチラリと視線を送った。吸い込まれそうなほど綺麗な金色の瞳だった。

「え、急に希望と言われましても、何も……」
「そうですか。じゃあ、今世、やり残したことなどありませんか?」

「やり残したこと……?」
 私は顔を傾げ宙を見上げると、一つだけ思いついた。それは……。

「……恋を、してみたかったです」

 いつも病室で読んでいた小説や漫画のように。私には、縁のなかったことだった。

「できれば、今度は恋をして、結婚して……、そんなふうに過ごしてみたいですね」

 私はちょっと気恥ずかしくてはにかむと、金色の瞳の男性は優しく微笑んだ。
「そうですか、分かりました。では……」

「ちょっと、そこのあなた! 結婚したいんですの!?」

「へっ!?」

 急に横から顔を出され、驚いて声を上げる。
 艶のある赤い髪に、気の強そうな青紫の瞳の美女がこちらを見つめている。
 
 まるで漫画に出でくる悪役令嬢のような女性だった。私と同じワンピースを着てるはずなのに、この溢れ出る色気。この違いはいったい……。

「丁度いいですわ! あなたに私の身体を譲りますわ!」

「はっ?」

 彼女は私の両手をガシッと掴み、こちらに身を乗り出す。

「私、先程結婚したばかりですのよ! でも、本当は結婚なんてしたくなかったのですわ! 私……、実は女性が好きなんですの! 男に触られるくらいなら、死んだ方がマシなのですわっ!」

(え、えぇぇっ!? そんなカミングアウトされましても!)

「あの男、私に何と言ったと思います? 『君が誰を好きであろうと、勝手にしていればいい。夫人としての責務として跡継ぎさえ作れば、君の私生活に干渉するつもりはない』ですって。キーッ、馬鹿にしてますわ! あの冷血眼鏡っ」
「はぁ……」

「私の身も心も全て、マリアンヌ様のものなのですわ。あぁ、マリアンヌ様、私の天使……」

 彼女は私の手を握ったまま、恍惚の表情を見せる。
(わ、私はいったいどうしたら……?)

「あの……、身体を譲るとは……?」
 戸惑いつつも、赤髪美女に問いかける。彼女は我に返ると表情を戻した。

「そ、そうでしたわね。私は死んで生まれ変わり、来世は好きな方と結ばれる人生を送りたいのです。あなたは結婚したいのでしょ? でしたら、私の身体を使えばいいですわ。本当は男に触られるのなんてごめんですけれど、致し方ありませんわ。……将来は安泰な公爵夫人、旦那は偏屈な冷血眼鏡ですが、まぁ顔はいい方ですし、なにより私のこの美貌! こんな好条件、他にはありませんわよ!」

 赤髪美女はずずいと私に顔に近づける。

「ねっ! 早く私の身体を受け取りなさい!」
「え? え……、いや、その……」
「ほら、早くしなさい!」
「は、はいっ」

 赤髪美女の気迫に押され、思わず返事をしてしまった。彼女はニヤリと笑みを見せる。

「ふふんっ、返事をしましたわね。契約成立ですわよ」
「……あ」

「まぁ急なことですし、引き継ぎのためにしばらく幽霊として、あなたに憑くことに決めましたわ。ねぇ、よろしいかしら?」

 美女はカウンターの男性の方に、顔を向ける。男性は呆れたような、諦めたかのような溜息を吐いた。

「はい、承知しました。手続きはこちらでやっておきます」
「頼んだわよ。ところであなた、お名前は?」
「わ、私は菫、鈴本菫です」

「スミレね。私はベアトリス・マルソー……、あ、結婚して、ヴァレンシュタインになったんだったわ。ま、もう、関係ないですわね。ベアとでも呼んで」
「はい。ベア……さん?」
「あら、やだ。ベアさんなんて他人行儀ですわ。あなたはもう、……私ですのよ?」

「えっと……じゃあ、ベアちゃんで」
「ふふっ、それでいいですわ。よろしく、スミレ」

 私は満足げに微笑むベアちゃんに手を掴まれたまま、再び、扉の外へ連れ出される。

「え? どこへ?」
「何を言ってますの? 私の世界に帰るのですわ!」

 周りの真っ白な靄と一緒に、私の身体がゆらゆらと揺れ始めて、そして、真っ逆さまに下へ落ちていく。


「え……、ぎっ、ぎゃぁぁぁ――っ!!」
   
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