夜風にさらわれたお姫様

氿時の鐘


夜坂街(やさかまち)――。

昼間は普通の街として賑わっているその場所は、夜になるとまるで別の顔を見せる。

ネオンが滲む裏路地。
低く響くエンジン音。
誰かの怒鳴り声。
煙草の煙。


そして、21時を過ぎる頃に囁かれ始める噂。

“氿時の鐘が鳴ったら気を付けろ”


その時間から、“裏の人間”が動き出すのだと。

もちろん、それはただの都市伝説。
……表向きは。


「はぁ……遅くなっちゃった」

居酒屋の裏口から出た姫野榴愛(ひめのるあ)は、肩を落として夜空を見上げた。


スマホの画面には、22時14分の文字。
もうとっくに21時を過ぎてしまっていた。

「今日お客さん多すぎだよ……」

榴愛はエプロンを畳みながらぶつぶつ文句を零す。



夜風がふわりと榴愛の髪を揺らした。

少し冷たい。

もう夏が近いのかもしれない。


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