敵はママ!? 十歳ミミのサバイバル日記
第7話 ママの日記
その日、
パパは休日出勤だった。
「ミミ、ママと暮らしていたあの家だが、
荷物を整理して売るつもりだ」
パパと一緒に、電車に乗ってあの家に戻った。
近所の人にも誰にも会いたくない。
そっと、家に入った。
パパは言った。
「捨てる物は、この袋に入れて。
持って行きたい物はこの箱に、
わからない物はそのままにしておいて、
パパが決めるから」
しばらく一緒に片づけていたが、
パパのスマホが震えた。
「夕方には帰る」
そう言って出ていった。
お昼のサンドイッチはコンビニで買ってきた。
お菓子も飲み物もある。
わたしは、ひとりで部屋を片づけていた。
そして、
ママがのこした物をみた。
服、
いらない。
楽譜、
もっといらない。
教育本、
もっともっといらない。
びっしり付箋の貼られた問題集。
見ているだけで、息が詰まりそうになる。
──捨てよう。
そう思った。
もう終わったことだから。
でも。
手が止まる。
本当に?
全部、終わったの?
胸がざわざわする。
その時、
箱の底に、ノートが見えた。
黒い表紙。
角が少し擦れている。
なんとなく。
嫌な予感がした。
開く。
几帳面な字。
ママの字だった。
***
【4月20日】
「ミミが算数で98点。
なぜ2点落とすの?
理解できない。
ちゃんと見直しをするように口を酸っぱくして言ってきた。
私は母親失格なのかもしれない」
胸がざわつく。
次のページ。
【4月28日】
「今日も母から電話。
『あなたは甘い。
だから子どもがダメになる。
もっとよい母になりなさい』
……苦しい。
でも、良い母にならなきゃ。
良い母。
良い母。
良い母」
同じ言葉が何度も並んでいた。
ぞくっとする。
***
ページをめくる。
【5月2日】
「ミミがゲームを欲しがった。
買わなかった。
あんなもの必要ない。
必要ないのに。
どうして私はこんなにイライラするんだろう。
母みたいになりたくない。
でも、最近、自分が母にそっくりで怖い」
ミミは、息を止めた。
……え?
母みたいになりたくない?
ママも。
苦しかったの?
さらにページをめくる。
【5月19日】
「母に叩かれたことを思い出す。
『あなたは本当にダメな子ね』
『みっともない』
『親の顔に泥を塗るな』
小さい頃、毎日言われた。
私は絶対に同じことをしないと決めたのに。
どうして、どうして私は、
ミミに怒鳴ってしまうんだろう」
涙で字がにじんでいた。
胸が、ぎゅっと痛くなる。
ママ。
あなたも。
誰かに苦しめられてたの?
***
ページをめくる手が止まらない。
でも。
途中から、空気が変わった。
文字が乱れ始める。
【6月27日】
最近、あの人の様子がおかしい。
電話に出ない。
帰宅時間も変。
夜、アパートにいない。
女?
まさか。
でも、もし捨てられたら?
私はひとりになる。
お金はどうなるの?
ミミを育てていけるの?
怖い。
【8月30日】
「いろいろあって、心が乱れている。
夫も子どもも出て行った。
この広い一軒家に専業主婦が
どうやって暮らせばよいのだろう。
事故にでもあって死ねたら楽なのにと思った。
でも、
ミミを置いて死ねない。
今は一時的に離れているけど、
夫の育児もそう長くは続かないだろう。
良い母にならなきゃ。
ちゃんとしなきゃ。
ちゃんと。
ちゃんと」
最後の方は、文字が潰れていた。
ミミの手が震える。
そして。
最後のページ。
事故の三日前の日付。
【9月 ✖日】
「最近、怖い。
あの人が、何を考えているか分からない。
優しい顔をしている時が、一番怖い。
生命保険の話ばかりする。
『死亡保険の受取りは夫婦お互いだな』
『前が死んだら、500万。
俺が死んだら3000万っておかしくないか?
人間の価値に男も女も会社員も専業主婦もないはずだ。
いつか保険を見直すべきだな。
はっはっは』
でも、目が笑ってない。
もしかしたら、私は、
あの人に殺されるかもしれない」
え?
頭が真っ白になる。
ページを落としそうになる。
待って。
何これ。
どういうこと?
パパが?
ママを?
心臓がバクバクする。
苦しい。
呼吸が浅い。
その時。
ガチャ。
玄関の音。
パパだ。
わたしは飛び上がった。
慌てて日記を閉じる。
でも、
手が震えて、うまく隠せない。
廊下から足音。
近づいてくる。
ドクン。
ドクン。
怖い。
怖い。
怖い。
もし。
本当に。
パパが──。
「ミミ?」
ドアの向こうから。
優しい声がした。
その瞬間。
わたしは、初めて思った。
──優しい人ほど、怖いのかもしれない。