箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 月の光を浴びて輝く、純白のドレス。柔らかなスポットライトに照らされながら、新那が一歩一歩、確かな足取りでこちらへと近づいてくる。

 ――ここからは、劇の台詞。そのはずだった。

 零は姫へ向かってゆっくりと片膝を突き、床にアンカーで繋がれていたあの日の記憶を塗り替えるように、優雅に、美しくその右手を差し出した。

「姫」

 新那もまた、慈しむような微笑みを浮かべながら、差し出されたその掌へ、自らの小さく暖かい手を重ね合わせる。

「王子様」

 二人の指先が触れ合った、その瞬間。
 体育館の割れんばかりの拍手も、舞台照明の熱も、全ての喧騒が嘘のように消え去った気がした。
 地底の底のような冷たい研究所。激しい雨の中で繋いだ手。高熱を出して看病してもらった夜。泥だらけで走った体育祭。火花が散った夏祭り。そして、昨日の今日まで必死で紡いできた文化祭の準備期間。
 自分達が歩んできたすべての軌跡が、間違いなく、この一瞬へと繋がっていた。
 零は新那の目を真っ直ぐに見つめ、劇の台本通りに口を開く。

「私は、生まれながら心を持たぬ王子。誰かを愛する資格などないと、そう教えられて生きてきました」

 客席は、彼の声の持つ圧倒的な説得力に完全に引き込まれ、水を打ったように静まり返っている。
 新那は重ねた手に力を込め、答えた。

「それでも私は、貴方の不器用な優しさを知っています。貴方が誰よりも温かい心を持っていることも……私は知っているのです」

 その言葉は、確かに相楽が書いた劇の台詞だった。
 けれど、二人にとっては、何一つ偽りのない、紛れもない魂の本心だった。
 零は新那だけを見つめ続ける。もはや舞台の上の役者としてではない。一人の人間として、一人の『神条零』として。
 心の底から愛おしそうに、静かに微笑みながら言葉を紡ぐ。

「――もし、この胸にある想いが本物なら。私は、他の全てを失っても、貴方の隣で生きていたい」

 一拍置いて放たれたその言葉は、客席には劇中のクライマックスとなる「愛の告白」として響き、多くの生徒達がうっとりと息を呑んだ。
 しかし、新那の胸には、演出を超えた圧倒的な重みを持って届いていた。
 彼は今、王子を演じるという仮面を借りて、自分自身の本物の想いを、世界中で新那だけに伝えているのだ。
 新那は込み上げる涙を必死に堪え、月の姫として、そして一人の恋する少女として、世界で一番眩しい笑顔を返した。

「私は、そんな貴方の手を――もう二度と、何があっても離しません」

そう言って、差し出された零の手を、壊れぬように、けれど強く、ぎゅっと握り返した。
 劇の中では、めでたしめでたしへと向かう王子と姫の永遠の誓い。
 けれど、その光り輝く舞台の上ではもう一つ、誰にも気付かれない、二人だけの本物の約束が交わされていた。

 これから先どんな未来が待っていようとも、ずっと一緒に、同じ歩幅で歩いていこう、と。

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