箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 カチャリ、と重厚な玄関の扉が閉まる。
 それと同時に、あれほど激しかった外の雨音が遮断され、何処か遠い世界の出来事のようにくぐもった。

「はぁっ……はぁっ……、ゲホッ、……うう、死ぬかと思った……」

 新那はその場にへたり込むようにして、膝に両手を着いた。
 喉の奥が痛いほどに息が上がっている。髪からはぽたぽたと絶え間なく大粒の雫が落ち、水を吸って重くなった制服のブレザーは、情けないほど無残に身体のラインへと張り付いていた。

「つ、疲れたぁ……。足が、鉛でも入ってるみたいに重い……」

 時間にして、たった数分走っただけなのだ。けれど、隣のチートスペックな(ロボ)の歩調に合わせようと必死の全力疾走だったせいで、消費したライフは計り知れない。
 そんなボロボロな新那のすぐ隣では。

「――生体反応の急激な上昇を確認。呼吸器系への過負荷が懸念されます。異常ありませんか」

 アールが、何事もなかったかのように平然と直立不動で立っていた。
 新那と同じように、彼の濡れた黒髪からは水滴が滴り、制服もすっかり色が変わるほど濡れている。それなのに、肩を揺らすことさえなく、息一つ乱れていない。

「……ある、大ありだよ」

 新那はまだ上下する肩で息をしながら、恨めし気な視線をアールへ向けて答える。

「なんで……っ、同じ距離を走ったのに、私だけこんなにボロボロになってるわけ?」
「――俺の内部機関(アクチュエーター)は、疲労物質である乳酸を分泌しません。当機としては、現在の稼働状況に一切の問題はない」
「はいはい、知ってた。知ってましたよ……」

 悔しい。非常に、めちゃくちゃ悔しい。
 新那は立ち上がりながら、まとわりつく濡れた前髪をまとめて握った。きゅっと拳を絞ると、じょぼじょぼと水が三和土(たたき)へと滴り落ちる。

「うわぁ……、これはひどい」

 想像以上の水害だ。冷えた雨水がブレザーの隙間から肌に触れて、さっと鳥肌が立つ。
 これは一刻も早く着替えて身体を温めた方がいい。

「私、風邪引くと嫌だから、先にお風呂行ってくるね」
「――分かった」

 アールが、短くそう言って頷く。
 あまりにも自然に返ってきたその二文字に、新那は一瞬だけ歩みを止めて違和感を覚えた。
 ほんの少し前――それこそ、昨日の朝までなら、彼は寸分の狂いもなく「了解しました」と無機質に出力していたはずだ。それが今や、新那の命令を待つまでもなく、アップデートされた語彙を当たり前のように使いこなしている。
 まあ、本人はそれが「不具合の修正」くらいにしか思っていないのだろうけれど。
< 77 / 194 >

この作品をシェア

pagetop