箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 次に目を覚ました時、最初に五感へと滑り込んできたのは、驚くほどの身体の軽さだった。

「……あれ」

 まだ少しだけ乾燥して掠れた声が唇から零れ落ちる。
 新那はゆっくりと重い瞼を持ち上げた。視界の先に広がっていたのは、見慣れた自室の真っ白な天井。
 けれど、数時間前のように歪んだり霞んだりはしていない。輪郭がくっきりと鮮明に脳へと届く。
 あれほど激しく頭の奥を金槌で叩かれていたような偏頭痛は綺麗に引き去り、全身に纏わりついていた鉛のような重だるさも消えていた。
 唾を飲み込んだ時の喉の痛みも、随分と和らいでいる。
 試しに、毛布の中から右手を外へと持ち上げてみた。
 ――動く。自分の意思の通りに、すんなりと指先までコントロールが利く。

「熱……下がった、のかな」

 掌を自分の額へと当ててみる。まだ内側にほんのりと微熱の名残のような熱っぽさは感じられるけれど、朝のあの、世界が滅亡するんじゃないかと思うほどの辛さはどこにもなかった。
 解熱剤の強烈な効果と、何よりもしっかりと睡眠をとったおかげだろう。
 少しだけ安心し、寝返りを打って上体を起こそうとした、その時だった。
 するり、と、額の上から冷やりとした柔らかい物体が滑り落ちてきた。

「あ……」

 新那は反射的に両手を伸ばし、それを胸元で受け止める。
 それは、アールが何度も取り替えてくれていた、濡れた白いタオルだった。どうやら自分が寝返りを打った拍子に、額からずり落ちてしまったらしい。
 絞り方が完璧だったおかげでシーツを濡らすこともなく、布地にはまだ、アールの掌のようにひんやりとした冷たさが残っていた。
 新那はそのタオルを見つめながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じて、小さく微笑んだ。
 そして、何気なくベッドの真横へと視線を向けた。

「……っ」

 その瞬間新那は息を呑み、しばらくの間、瞬きをすることさえ忘れてしまった。
 そこに――いた。
 アールが、すぐ傍にいた。
 彼はベッド脇に引き寄せた学習椅子の背もたれに、その長い背中を深く預けるようにして腰掛けていた。背筋のラインこそ相変わらず彫刻のように真っ直ぐだったが、いつも新那の後ろに控えている時の、あの周囲を容赦なく警戒するギスギスとした戦闘態勢の力みは消えていて、普段よりほんの少しだけリラックスしているように見える。
 そして、何よりも――彼は、その漆黒の目を静かに閉じていたのだ。

「え……?」

 思わず、小さな戸惑いの声が漏れる。
 新那はベッドに手をついたまま、彼の顔を凝視した。
 だって、あのアールが、外界からの視覚情報を自ら遮断して、目を閉じている。まるで、本物の人間が心地よい眠りに落ちているみたいに。
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