箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
担任の後藤先生が、チョークを持った手で教卓をポンポンと軽く叩いた。
「はい、席に着いて静かにー。ホームルーム始めるぞ」
さっきまで昼休みの余韻でガヤガヤと騒がしかった教室が、椅子の引ける音と共に徐々に落ち着きを取り戻していく。
皆の視線が集まる黒板の中央には、白いチョークで大きくこう書かれていた。
――体育祭種目決め。
「というわけで、来月の本番に向けて今日中にうちのクラスの出場種目を全て決める。全員必ず一つ以上の競技に参加すること、いいな?」
先生のその言葉を合図に、教室が一気にざわつき始めた。
「よっしゃ、リレー絶対出るわ!」というやる気満々な体育会系の楽しそうな声もあれば、「うわ、まじかぁ……動きたくないんだけど」という文化部系の面倒くさそうな声もある。本当に色んな反応が、教室のあちこちでカラフルに飛び交っていた。
新那は、机の上に置いたノートを前に、無意識のう内に少しだけ身を乗り出してい。
(本当に、本当にやるんだ……!)
目の前で繰り広げられている光景に、胸の鼓動がトク、トクと速度を上げる。
体育祭。これまではテレビの画面や、家庭教師の先生が「こういう行事があるんですよ」と教えてくれた資料の中でしか知らなかった、未知の学校行事。
今、その真っ只中に自分がいて、クラスメイトの一員として参加しようとしている。
ただその空気を感じるだけで、新那は少しだけ、いや、猛烈にわくわくしていた。
「よし、じゃあまずは定番の『綱引き』から決めるぞ。女子の人数枠、あと三人残ってるが、誰か立候補は――」
「はい無理ー! 絶対筋肉痛になるやつじゃん!」
「おい誰かやれよー! ポイント高いんだぞ!」
「もう男子が全員で引っ張ればいいじゃん!」
早速、あちこちからヤジや笑い声が飛んでまとまらない。
新那は目を丸くして、その賑やかな遣り取りを見つめた。
「……すご、こんな感じなんだ……」
感心したようにぽつりと小声で呟くと、斜め前の席から莉子が振り返ってクスッと笑った。
「あはは、新那ちゃんの反応っていつでも新鮮だよねー」
「これ、本当に時間内に全員分決まるの? 全然決まらなくない?」
「大丈夫大丈夫! 最終的にはジャンケンとか押し付け合いになって、なんとかなるから!」
何の根拠もない莉子のセリフだったが、この教室の熱気の中にいると何故だか妙に説得力があった。
その後、莉子の予言通り、大人数でわいわい走る『玉入れ』。
網を潜ったり粉の中の飴を探したりする『障害物競走』。
新那が興味津々だった『借り物競走』。
そして、息を合わせて走る『二人三脚』。
多少の押し付け合いと笑い声を挟みながら、黒板の空欄は次々と名前で埋まっていく。
そして。いよいよ今日のホームルーム最大の山場となる、問題の競技だけが最後に残った。
「よし、最後は花形だな。『クラス対抗リレー』。女子はすでに枠が埋まったが……男子の走者、特に勝敗を決める重要な『アンカー』を誰にするか」
先生が黒板にその文字を書き込んだ瞬間、教室の空気がガラリと変わった。
クラス対抗リレー。
体育祭において最も盛り上がり、最も注目を浴びる最大の花形種目。
各クラスから選りすぐられた俊足の代表選手達が、意地とプライドをかけて一本のバトンを繋ぐ、最高潮の競技である。
「アンカー、誰にするよ?」
「やっぱり、一番足が速いやつだろ」
「あ……じゃあさ、神条じゃね?」
後ろの席の男子の一人が、ふと思いついたように声を上げた。
その瞬間、まるで教室中の全員の首の角度が同期したかのように、一斉に全ての視線がアールへと集中した。
「あ、確かに!」
「神条なら絶対勝てるわ!」
「前の体育のシャトルランの時、あいつ呼吸一つ乱さずに、限界値まで永遠に走ってたもんな……!」
「神条がアンカーなら、うちのクラスの優勝マジで確定だろ!」
口々に、期待と興奮の入り混じった男子達の声が上がる。
新那は慌てて、後ろに座るアールを見た。
(ええっ!? アールがリレーのアンカー!?)
もし彼が本気を出してグラウンドを走ったら、足が速いどころの騒ぎではない。
地面を蹴る風圧で砂煙が舞い上がり、世界記録を余裕で塗り替えるような、文字通りの「バケモノ級の爆走」になってしまう。
教室中が「神条コール」で盛り上がる中、当の本人は――。
浴びせられる無数の視線と期待の声を、ただのノイズデータとして処理するかのように、静かに、そして冷徹に顔を上げた。
「はい、席に着いて静かにー。ホームルーム始めるぞ」
さっきまで昼休みの余韻でガヤガヤと騒がしかった教室が、椅子の引ける音と共に徐々に落ち着きを取り戻していく。
皆の視線が集まる黒板の中央には、白いチョークで大きくこう書かれていた。
――体育祭種目決め。
「というわけで、来月の本番に向けて今日中にうちのクラスの出場種目を全て決める。全員必ず一つ以上の競技に参加すること、いいな?」
先生のその言葉を合図に、教室が一気にざわつき始めた。
「よっしゃ、リレー絶対出るわ!」というやる気満々な体育会系の楽しそうな声もあれば、「うわ、まじかぁ……動きたくないんだけど」という文化部系の面倒くさそうな声もある。本当に色んな反応が、教室のあちこちでカラフルに飛び交っていた。
新那は、机の上に置いたノートを前に、無意識のう内に少しだけ身を乗り出してい。
(本当に、本当にやるんだ……!)
目の前で繰り広げられている光景に、胸の鼓動がトク、トクと速度を上げる。
体育祭。これまではテレビの画面や、家庭教師の先生が「こういう行事があるんですよ」と教えてくれた資料の中でしか知らなかった、未知の学校行事。
今、その真っ只中に自分がいて、クラスメイトの一員として参加しようとしている。
ただその空気を感じるだけで、新那は少しだけ、いや、猛烈にわくわくしていた。
「よし、じゃあまずは定番の『綱引き』から決めるぞ。女子の人数枠、あと三人残ってるが、誰か立候補は――」
「はい無理ー! 絶対筋肉痛になるやつじゃん!」
「おい誰かやれよー! ポイント高いんだぞ!」
「もう男子が全員で引っ張ればいいじゃん!」
早速、あちこちからヤジや笑い声が飛んでまとまらない。
新那は目を丸くして、その賑やかな遣り取りを見つめた。
「……すご、こんな感じなんだ……」
感心したようにぽつりと小声で呟くと、斜め前の席から莉子が振り返ってクスッと笑った。
「あはは、新那ちゃんの反応っていつでも新鮮だよねー」
「これ、本当に時間内に全員分決まるの? 全然決まらなくない?」
「大丈夫大丈夫! 最終的にはジャンケンとか押し付け合いになって、なんとかなるから!」
何の根拠もない莉子のセリフだったが、この教室の熱気の中にいると何故だか妙に説得力があった。
その後、莉子の予言通り、大人数でわいわい走る『玉入れ』。
網を潜ったり粉の中の飴を探したりする『障害物競走』。
新那が興味津々だった『借り物競走』。
そして、息を合わせて走る『二人三脚』。
多少の押し付け合いと笑い声を挟みながら、黒板の空欄は次々と名前で埋まっていく。
そして。いよいよ今日のホームルーム最大の山場となる、問題の競技だけが最後に残った。
「よし、最後は花形だな。『クラス対抗リレー』。女子はすでに枠が埋まったが……男子の走者、特に勝敗を決める重要な『アンカー』を誰にするか」
先生が黒板にその文字を書き込んだ瞬間、教室の空気がガラリと変わった。
クラス対抗リレー。
体育祭において最も盛り上がり、最も注目を浴びる最大の花形種目。
各クラスから選りすぐられた俊足の代表選手達が、意地とプライドをかけて一本のバトンを繋ぐ、最高潮の競技である。
「アンカー、誰にするよ?」
「やっぱり、一番足が速いやつだろ」
「あ……じゃあさ、神条じゃね?」
後ろの席の男子の一人が、ふと思いついたように声を上げた。
その瞬間、まるで教室中の全員の首の角度が同期したかのように、一斉に全ての視線がアールへと集中した。
「あ、確かに!」
「神条なら絶対勝てるわ!」
「前の体育のシャトルランの時、あいつ呼吸一つ乱さずに、限界値まで永遠に走ってたもんな……!」
「神条がアンカーなら、うちのクラスの優勝マジで確定だろ!」
口々に、期待と興奮の入り混じった男子達の声が上がる。
新那は慌てて、後ろに座るアールを見た。
(ええっ!? アールがリレーのアンカー!?)
もし彼が本気を出してグラウンドを走ったら、足が速いどころの騒ぎではない。
地面を蹴る風圧で砂煙が舞い上がり、世界記録を余裕で塗り替えるような、文字通りの「バケモノ級の爆走」になってしまう。
教室中が「神条コール」で盛り上がる中、当の本人は――。
浴びせられる無数の視線と期待の声を、ただのノイズデータとして処理するかのように、静かに、そして冷徹に顔を上げた。