箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
「はーい、男子のリレーが決まったところで、次は女子の『借り物・借り人競走』いくぞー!」
後藤先生が黒板の新しい項目をチョークで叩くと、莉子が待ってましたとばかりに新那の腕をぐいぐいと引っ張った。
「新那ちゃん、これ! これ絶対二大巨頭で出よう!」
「えっ、私と莉子ちゃんで?」
「そう! この競技、お題に書かれた『物』とか『人』をグラウンド中から探して、一緒に手を繋いでゴールしなきゃいけないの。だから、私達が協力し合えば勝てるかも!」
莉子はフンスと鼻を鳴らして自信満々に胸を張る。
新那は少しだけ戸惑った。けれど、黒板に書かれた「借り人」という文字を見つめているうちに、テレビの向こう側で楽しそうに誰かの手を引いて走る生徒達の姿が頭を過った。
(誰かを巻き込んで、一緒に走る競争……。大変そうだけど、すっごく楽しそう……!)
莉子が言うのならそうなのだろうと、言いようのない確信が芽生える。
少し考えた後、新那は莉子の手を握って頷いた。
「うん、分かった! 私もやりたい!」
「よっしゃあ! 先生ー! ここ犬丸と神条でお願いしまーす!」
莉子が元気よく手を挙げると、先生は「お、神条も入るか。よしよし」と手際よく二人の名前を黒板に書き込んだ。
無事にエントリーが完了し、新那が「何が書かれた紙を引くのかなぁ」と莉子と顔を見合わせてウキウキしていると。
背後から、すっと静かな気配が近付いてきた。
アールがほんの少しだけ上体を前に傾け、周囲の喧騒に紛れ込ませるようにして、新那にだけ聞こえる極小のボリュームで静かに、けれど低く問いかけてくる。
「お嬢」
「……! 何、アール」
新那は周囲にバレないよう、正面を向いたまま小声で応じた。
アールがアンドロイドであることも、自分が彼に護衛されていることも、この学校では絶対に秘密なのだ。ここで彼に派手に騒がれるわけにはいかない。
「『借り人』という規約について、先ほど犬丸莉子の発言からデータを抽出した。すなわち、お嬢が見知らぬ他生徒、特に『男子生徒』の手を無防備に握り、グラウンドを全力疾走する可能性があるという意味か」
「えっ? あー……まぁ、お題によってはそうなるかもだけど……」
新那が冷や汗を流しながら密かに身を縮めると、アールの瞳が、前髪の隙間でスッと鋭く明滅した。
「不特定多数の人間との突発的な接触は、予期せぬリスクを伴う。何より、俺のセキュリティ管轄外で他の男がお嬢の手を掌握するなど、護衛任務において極めて看過しがたい状況だ。……俺が、その『借りられる対象』として待機するべきか」
「っ、絶対にダメ!!」
新那は慌てて、だけど声を殺して制した。
「アールを連れて走ったら、それこそ目立っちゃうでしょ! 私は『普通の高校生』として競技に出るんだから、アールは静かにリレーの準備だけしてて!」
「……お嬢の命令であれば、遵守します」
アールは静かに上体を戻し、いつもの無表情で行儀よく席に座り直した。
声のトーンこそいつも通り冷静だったが、心なしかその瞳の奥の光が、新那の「普通の高校生になりたい」という願いを壊さないよう、静かに納得したように落ち着いた気がした。
「新那ちゃん、何一人で後ろ向いてブツブツ言ってるのー?」
「あ、ううん! なんでもない!」
莉子に声を掛けられ、新那は慌てて前を向く。
過保護なマイ・アンドロイドをハラハラしながら宥めつつも、黒板に刻まれた自分の名前を見つめる新那の胸の中のワクワクした高鳴りは、どうしても止めることができないのだった。