甘いマフィンの誘惑
朝が嫌いだ。

憂鬱な気持ちを振り払うようにカーテンを開ける。途端に差し込んだ光に、思わず目を細めた。

「……眩し」

誰に聞かせるでもなく呟いて、洗面所へ向かう。

冷たい水で顔を洗い、最低限の化粧を済ませる。寝癖をごまかすように前髪を整えてから、鏡の中の自分に小さく笑いかけた。

「よし。こんなもんでしょ」

毎朝繰り返す、意味のない確認。

家を出た瞬間から、街はもう他人で溢れていた。重たい身体を無理やり動かしながら、人混みに紛れる。

ぎゅうぎゅうに押し込まれた車内で、なんとか立つ場所を確保してスマホを開いた。

【この間のは誤解なんだよ。ちゃんと話そう】

表示された名前を見た瞬間、眉間に力が入る。

三日前、「もう無理」の一言で終わったはずの男だった。

浮気相手と腕を組んで歩いていたくせに、今さら何が誤解だ。

既読をつけたことを一瞬で後悔しながら、画面を睨む。

【誤解って何? これで何回目だと思ってるの。戻る気ないから】

送信。

すぐに返信が来る。

【ブロックしてないんだな。今日そっち行く】

その一文に、勝手に話を進める性格が滲んでいて苛立つ。

スマホを閉じる指先に力が入った。

車内の熱気のせいか、吐き気がする。

……甘いものでも食べたい。

そういえば駅前のマフィン屋で、今日から新作が出るって言っていた気がする。

少しくらい機嫌を取っても、罰は当たらないだろう。



「うわ……」

ガラスケースいっぱいに並んだマフィンを見た瞬間、思わず声が漏れた。

紅茶、抹茶、チョコ、キャラメルナッツ。

バターの甘い香りが鼻をくすぐる。

「……いや、でも紅茶捨てがたいな」

小さく唸りながらショーケースを眺めていると、不意に横から声が降ってきた。

「今日はホワイトチョコと抹茶が人気ですよ」

低く落ち着いた声。

反射的に顔を上げる。

「……っ」

視線の先にいた店員を見た瞬間、言葉が止まった。
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