隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

金木犀の図書室

「はぁぁぁ……」

私は机に突っ伏した。

窓の外。

オレンジ色。

風だけ、
少し冷たい。

「眠い……」

「授業中も寝てただろ」

隣の空くんを一瞥して、
私はまた机に頭をおろす。

「寝てないし!」

「白目だった」

「最悪っ!!」

「はは」

最近。

空くんが、
前より笑う。

……気がする。 

◇

空くんが、
教科書をカバンにしまいながら立ち上がった。

「帰る?」

「うん!」

私は勢いよく立ち上がる。

「……図書室寄る」

「え?」

空くんは視線を逸らした。

「本、
返すの忘れてた」

「空くん、
本読むんだね」

「まあ」

「勉強の本しか読まなそう」

「失礼」

そう言いながら、
やっぱり少し笑ってる。

私はカバンを背負い直した。

「じゃあ私も行く!」

「なんで」

「暇だから!」

「……あっそ」

つれない返事。

でも。

こういう時。

空くんが、
嫌なわけじゃないってことを、
私は知ってる。

上機嫌で、
空くんの後を追った。

◇

図書室。

静かな空気。

窓から差し込む、
夕方の光。

ページをめくる音だけが、
小さく響いている。

空くんは、
慣れた手つきで本の返却手続きを済ませた。

「空くんって、
図書室よく来るの?」

「たまに」

絶対嘘。

慣れてるもん。

私は本棚の間を歩きながら、
背表紙を眺めた。

その時。

ふわっと風が吹く。

「……あ」

甘い匂い。

私は窓の外を見る。

夕焼け。

揺れる木。

そして。

「金木犀」

私は瞬きをした。

「空くん、
分かるんだ」

「……有名だろ」

「えー、
なんか意外」

「だから失礼」

口元が緩む。

窓から入る風。

オレンジ色の光。

金木犀の匂い。

静かな図書室。

ページをめくる音。

隣には、
空くん。

私は小さく、
息を吐いた。
 

◇

帰り道。

空はもう、
少し暗い。

街灯が、
ぽつぽつ光り始めている。

私は空を見上げながら歩く。

「秋ってさ」

「ん」

「なんか寂しくない?」

空くんは、
ちらっと私を見て答える。

「なんで」

「夕方早いし。
……夏が終わるって感じする」

沈黙。

風。

金木犀の匂い。

その時。

空くんの声だけが、
静かに落ちた。

「……でも嫌いじゃない」

え。

隣を見る。

空くんは、
前を向いたまま。

「静かだから」

……ああ。

なんか、
空くんっぽい。

「空くんって、
ほんと静かなの好きだよね」

「お前がうるさいだけ」

「もう!」

空くんの背中を押した。

すると。

「はは」

空くんが、
また笑った。

涼しい風の中で。

胸の奥だけ、
あったかかった。

 
◇ 空 side ◇

金木犀の匂い。

静かな図書室。

夕方の光。

そういう空気、
嫌いじゃない。

……隣に、
あいつがいても。

不思議と。

ちゃんと秋は、
静かだった。
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