隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

探してくれてたの

閉館時間。

帰る準備をしながら。

私は何度も、
入口の方を見てしまっていた。

街灯の下。

壁にもたれて、
携帯を見てる。

空くん。

帰ってない。

それだけで。

胸の奥が、
なんだか落ち着かなかった。

◇

「空くん!」

私は鞄を抱えて、
図書館を飛び出した。

空くんが、
ゆっくり顔を上げる。

「……遅い」

「これでも、
急いで来たんだよ?」

空くんは、
小さく笑って歩き出した。

◇

夏の夜。

駅までの道。

少し湿った風。

並ぶ影。

「大学、
夏休みだから帰ってきた」

私は小さく頷く。

「そっか」

空くんは、
前を見たまま続ける。

「葛西から聞いた」

「え?」

「星野が、
図書館で働いてるって」

私は空くんを見る。

空くんは、
静かに言った。

「去年も来た」

え。

「今年も、
もう何回か」

……そんな。

空くんは、
少しだけ視線を逸らした。

「同窓会も、
行けなかったし」

息を止める。

空くんは、
前を向いたまま。

「留学してた」

その言葉に。

あの日の景色が、
一瞬だけ胸へ戻ってくる。

葛西くんの言葉。

断った連絡先。

空くんは、
小さく続けた。

「……星野、
行ったんだろ」

私は小さく頷く。

その瞬間。

空くんが、
少しだけ息を吐いた。

「……そっか」

夏の湿った空気が、
静かに流れる。

「だから、
帰ってくるたび来てた」

言葉に詰まる。

「でも、
星野、
毎回いなかったから」

視線を逸らしたままの空くん。

夜風が頬を撫でる。

私は小さく笑った。

「……探してくれてたの?」

すると。

空くんが、
少しだけ眉を寄せる。

「笑うな」

「だって……」

張っていたものが、
少しだけほどけていく。

「来るタイミング、
悪すぎでしょ……」

「うるさい」

その返事が。

あの日のままで。

口元が、
勝手に緩んでしまった。

◇

夜風。

信号の電子音。

並ぶ足音。
 
空くんが前を見たまま言った。

「……まだ走ってる?」

私は少しだけ足を止めて、
小さく答える。

「……走ってない」

空くんが、
こっちを見る。

私は視線を逸らした。

「空くんいなくなってから、
なんか走れなくなった」

私は少し笑う。

「隣、
いなかったし」

夜になりかけの空。

静かな住宅街。

空くんは、
何も言わなかった。

風が吹く。

変わってない。

……そう思ったのに。

背が伸びてる。

声も。

横顔も。

前よりずっと、
大人になってる。

その時。

空くんが、
私を見た。

「……星野」

「ん?」

「走る?」

え。

私は瞬きをする。

何年も前。

放課後の駐輪場。

紫とオレンジの空。

隣を走る足音。

『また走れたら、
いいなと思います』

アルバムの文字まで、
一気に胸へ戻ってくる。

そして。

気づけば、
私は笑っていた。

「走る!」

空くんが、
少しだけ目を細める。

「声でかい」

街灯の下。

空くんの耳は赤かった。

あの頃みたいに。
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