隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

理由

仕事終わり。

鞄を肩にかけて、
図書館を出た。

その時。

ぶるっ。

携帯が震える。

『走んない?』

私は立ち止まった。

どういうこと。

画面を見つめる。

すぐに次が届く。

『駐輪場のフェンス集合』

私はぱっと目を見開いた。

『行く!』

送信。

◇

駐輪場のフェンス。

夕焼けは、
少しずつ夜に近づいていた。

空くんは、
フェンスにもたれて立っていた。

私が駆け寄ると、
こっちを見る。

「……早いな」

「急いできたもん!」

空くんの視線が、
私の頭で止まる。

「髪ボサボサ」

「空くんが急だからでしょ!!」

私は慌てて髪を結び直す。

その横で。

空くんが、
ふっと息を吐いた。

私は手を止めた。

……なんか。

違う。

風が吹く。

フェンスが、
小さく鳴った。

「……空くん」

「ん」

「なんかあった?」

「別に」

「嘘つき」

◇

並んで走る。

風。

足音。

白い息。

しばらくして。

「……仕事の話」

隣に視線を向ける。

「来年、
院行くのは決めてる」

空くんは走りながら続ける。
 
「その後のことも、
なんとなく」

私は頷いた。

「ただ。
……周り、夢あるやつばっかり」

空くんが目線を伏せた。

「温度差ある」

「……ふーん、夢かぁ」

私は前を向いたまま続ける。

「私はちなみに。
好きってだけで、仕事決めた。」

空くんが、
ふっと口元を緩める。

「司書、意外だったけど。
……図書委員、だもんな。」

私は頷いた。

「空くん、
いつもいたし」

走りながら、
足下の小石を蹴る。

「それで好きになった。
図書室。」

空くんが、
急に静かになる。

私は横から覗き込む。

「……どうした」

「いや」

空くんがペースを上げる。

「……変なの」

◇

走り終わって。

フェンスへ並んで寄りかかる。

夕焼けと夜の間の空。

空くんが、
ペットボトルを見ながら言った。

「……昔」

「ん?」

「先生向いてそうって、
言われた」

あんな小さな会話。
……空くんも、覚えてるんだ。

「教職とった」

「え!?」

思わず空くんを見る。
 
空くんは前を向いたまま。

「……それが動機って、
不純?」

私は吹き出した。

「うるさいの、
いるかもね。」

空くんが笑う。

「……慣れてる。」

私も笑った。

「大丈夫だよ。」

空くんが、
こっちを見る。

「努力型だもん。
空くんは。」

そう言って、
水を飲もうとした。
 
その瞬間。

グシャッ。

「うわっ!?」

頭の上。

大きな手。

「ちょ、なに!?」

慌てて頭を押さえる。

「……このやろ」

「褒めたのに!」

「うるさい」

私はむっとする。

「意味分かんない!」

空くんは、
小さく笑って前を見ていた。

◇

並んで歩く。

夜の空。

街灯。

私は空くんを見る。

「……で?」

「ん?」

「なんで急に帰って来たの?」

空くんが、
眉を曲げて私を見る。

「急だったじゃん。
……なんかあったからじゃないの?」

風が通り過ぎる。
 
空くんが、
呆れた顔をして笑った。

「……別に」

「えーー?」

冬の夜。

並んで伸びる影。

足元の道は、
街灯の先まで静かに続いていた。

◇ 空 side ◇

帰りの電車。

窓の外は、
もう暗かった。

悶々としていた。

周りは、
先の話ばっかりしてた。

別に、
今のままが嫌なわけじゃない。

でも。

何回息を吐いても、
胸のあたりだけ重かった。

あの場所なら。

あいつと走れば、
少し晴れる気がした。

気づいたら、
電車に乗っていた。

◇

駐輪場。

息を切らしながら、
走ってくる星野。

髪が少し乱れてる。

急いで来たのが、
すぐに分かった。

……変わってない。

◇

話すつもりはなかった。

少し走って、
帰るだけのつもりだった。

なのに。

『……なんかあった?』

覗き込んでくる顔。

『嘘つき』

分かってるみたいな顔。

気づいたら、
俺は口を開いていた。

◇

『先生向いてそう』

昔言われた言葉。

間に受けて、
教職まで取った。

ちゃんと決めたはずなのに。

時々、
これで良いのかって思ってた。

でも。

『好きってだけで仕事決めたよ』

『空くん、いつもいたし』

『好きになったの。図書室。』

もし。

もし、
星野も同じだったら。

そこまで考えた時。
 

『……で、なんで急に帰って来たの?』

思わず顔を見る。

まじかこいつ。

……このやろう。


昔から。

星野は、
こうだった。
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