無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます
無難こそ幸せの源

 平穏に、静かに一日を終えること。
 それは派手さとは無縁に生きてきた自分らしい、ささやかな願いである。
 寺崎(てらさき)天音(あまね)、二十八歳。今日もつつがなく仕事を終え、勤務先の本社ビルをあとにした。

 十月に入ったばかりの心地いい風が、頬を撫でて通り過ぎていく。カットソーとスカートだけでも今は十分だが、もう少ししたら上着が必要だろう。
 顎のラインで切り揃えたボブヘアを揺らしながら、ビルの合間に時折顔を覗かせる三日月を追いかける。
 会社から駅までは歩いて七分。途中、左手にあるペットショップに寄り道するのが、天音の小さな楽しみである。

 自動ドアが控えめな電子音を立てて開くと、ミルクのような甘い匂いが鼻先をくすぐった。店内は明るく、天井から下がる照明が白い床にやわらかく反射している。

 「いらっしゃいませ」

 奥からかけられた声に軽く会釈を返しながら、天音は右手の通路へ向かった。
 ケージの中では子犬たちがわちゃわちゃと重なり合い、こちらに気づくと一斉にしっぽを振りはじめる。トイプードルが前足でガラスを叩き、チワワは精一杯背伸びをして天音を見上げてきた。 

 「今日も元気ね」

 誰に聞かせるでもなく小さく呟くと、犬たちが鳴き声を弾ませる。まるで言葉がわかるかのようだ。
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