夜盲
「部屋の場所、よくわかったね」
「乃亜くんが教えてくれたの」
「あー。学生証、乃亜に返してもらった?」
「おかげさまで」
佳乃くんの隣、ベッドのふちに腰掛ける。それ以外に座れそうな場所がなかったからだ。
部屋全体は散らかっているくせに、ベッド周りだけは清潔にしてあるという、そんなアンバランスさに佳乃くんの人間性が滲んでいた。部屋は住む人の心を映す鏡とはよく言ったものだ。本人に自覚があるかどうかはわからないが、幾多もの女がこのベッドに導かれたという事実を嗅ぎ取ることは容易かった。
「乃亜くんが佳乃くんの弟だなんて、知らなかった」
「まーね。宵って、学校で乃亜と絡みあったの?」
「ううん、全然」
「やっぱり。あいつ大人しいからな」
この間会ったときとは違って、佳乃くんはラフな格好をしていた。黒いTシャツに、スウェットパンツ。髪の毛も起きたままの状態で、すこしうねっている。装飾物は、耳朶にぶら下がっている小ぶりなフープピアスだけだった。
ありのままの佳乃くんが見れて、うれしい。
「なんで学生手帳、返してきたの」
「学生証ないと困るでしょ。カラオケの学割とか」
「もー、なにそれ」
「おれって、やさしいから」
「やさしい人はね、自分のことをやさしいって言わないんだよ」
「生意気だなー、年下のくせに」
佳乃くんは窓の縁に手を伸ばし、窓を細く開けた。煙草を吸うためだろう。案の定彼は、腕を伸ばして、ローテーブルの上に投げ出されていたライターと煙草の箱を手繰り寄せた。
勝手に空き箱だと思っていたそれには、1本だけ煙草が残っていたらしい。彼はそれに火をつけると、窓の外を見つめながら煙を吐き出した。
煙は半分近くが外に流れていくけれど、残りは部屋の中に滞留する。
嗅ぎ慣れない煙草の匂いは、ホテルではじめて佳乃くんに抱かれたあの日の記憶を呼び起こす。何もしていないのに、下肢のちょうど真ん中のあたりが、意思とは関係なく、じわりと熱をはらんだ。
「てかさあ、呼びつけといて悪いけど。おれ、さっき一人でしちゃったんだよね」
「我慢できなかったの?」
「おれ、我慢とかできないタイプだから」
元カレは、AVを観てあたし以外の女に欲情したから、別れた。だって、好きなひとが自分以外の女で興奮するなんて、許せない。
いま目の前にいる彼が、きっとそういう、成人向けのコンテンツで事を致したことは、ほとんど確実なのに。なのにあたしは、彼を否定できない。相手が佳乃くんだから、何も言えないのだ。
醜い嫉妬心が、心臓のあたりで微かに燃えている気がした。
佳乃くんのずるいところは、佳乃くん自身にちっとも悪気がないところだ。良い意味で素直だけど、悪い意味で自己中。彼はいつだって自分のことしか考えてない。
「……じゃあ、今日はそういうの、しない日?」
「宵がしたいなら、おれのこと誘惑して、そういう気分にさせてみて」