あの日の風の、その続き〜戦う公爵令嬢と、王女が選んだ未来



ーー

少し、二人でお話でもしてきたら?

王妃の言葉に、レオンは嬉しそうにエリシアへ手を差し出した。

「王女、お手を」

断る理由もなく、エリシアはその手を取る。

「少し、庭を散歩しませんか。王女がよろしければ、ですが」

どこまでも紳士的で、強引さのかけらもない。

その物腰に、エリシアはふ、と微笑んだ。

(……優しい人なのね)

そのまま、二人は広間を後にする。


――その背を、ゼンが見ていたことに、
エリシアが気付くことはなかった。



「……私のことを、覚えていませんか?」

庭園に出てしばらく歩いたところで、
レオンがふいに足を止めた。

エリシアも、思わず立ち止まる。

「ずっと昔に、会ったことがあるんです。私たち」

その言葉に、エリシアの瞳が揺れる。

「どこかで……お会いしたかしら……?」

レオンは、少しだけ寂しそうに微笑みながらも、
視線を逸らさずに続けた。


「昔、ロザリアで開かれた舞踏会に、
父に連れられて参加したことがあるんです。

その時、まだ幼かった君が――
私に、ハンカチを貸してくれた」

「……ハンカチを?」

レオンは、懐かしむように目を細める。

「私の母は、幼い頃に病で亡くなりました。
今の王妃は、父の後妻です」

「当時の私は、その人を母と呼べずに……
家族の中で一人、馴染めずにいました」

静かな声。

けれど、その奥にあった孤独は、はっきりと伝わってくる。

「その日も、舞踏会の隅で一人でした。
兄たちは社交的で、すぐに人の輪に入っていった」

「私は……馬車を降りるときに転んで、
怪我をしてしまって」

「それを誰にも言えずに、
ただ、終わるのを待っていた」

そして――

「そんな私に、声をかけてくれたのが君でした」


ーーー

『大丈夫?』

誰も気付かなかったのに、

『これ、使って。返さなくていいからね』

そう言って、
君はハンカチを差し出した。


ーーー

「それから私は――
どんな場でも、君の姿を探すようになりました」

「……ごめんなさい。私、覚えていなくて……」

「いいんです」

レオンは、柔らかく微笑む。

「……ずっと見ていたから、わかるんです」

「君が、誰を見ているのかも」

その言葉に、
エリシアは息を呑んだ。

「それでも――私は君を選びました」

「君に選んでほしくて、
君に相応しい男になりたくて」

「たくさん学びました。
王妃とも、今では家族として向き合えています」

そして、少しだけ息を吐く。

「今日、こうして――
君の婚約者候補としてここに来ることができた」

そう言って、レオンは再び歩き出した。

その背中は、どこまでもまっすぐだった。

その背を見つめながら、

エリシアの胸は、ただ、痛んだ。

(そんなに昔から)

(ずっと、私を……)

“私”を。

“私だけ”を見てくれていた人。

エリシアには、わかる。

好きな人に想いを伝えられない苦しさも、
振り向いてほしいと願う切なさも。

だからこそ――

「覚えていなくても構いません」

レオンの声が、静かに重なる。

「でも、忘れないでください」

「あなたに救われた人間がいることを」

胸の奥が、強く締めつけられる。


(……この人を、選ぶべきだ)

(この人を選べば、私は――)

目を閉じる。

浮かぶのは、

青銀の髪と、
金色の瞳。


(……忘れなくては)

(王女として)

(私は、この方を選ぶ――)

ゆっくりと目を開ける。

エリシアは、静かに顔を上げ、
レオンの背中を見つめた。




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