スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~

36 協力者、確保

 少々込み入った話になるから、と、ケヴィンをメイドに預けて別室に連れて行ってもらい、私たちは改めてお互いの状況を確認する。

「──では、あの暴漢はユーフェの知り合いではないのですね?」
「…ええ。でも、無関係とも思えないわ。私が王都に来る事はお父様しか知らないはずだけれど…ウォルター様の手の者が、うちの屋敷に入り込んでいるようだから」
「ウォルターと言うと…ウォルター・ベレスフォード公爵ですか? 一体どういう状況なのです?」

 ジェフリーに問われたユーフェミアは一瞬言葉を詰まらせ──すぐに覚悟を決めた目をして口を開いた。

「…ケヴィンは、私の私生児です。私は結婚しておりません」

 真っ直ぐジェフリーを見詰め、

「──ウォルター様は、血縁上のケヴィンの父親に当たります」
「!!」

 ジェフリーが目を見開いて固まった。

 まさかユーフェミアの口からそんな言葉が出て来るとは思っていなかったのだろう。
 『私生児』という単語は、貴族の間では禁忌に近いのだ。

 私はそう思ったのだが──ジェフリーが反応したのはそこではなかった。


「──実の父親が、息子とその母親の身を危険に晒したのですか!?」


「え…」
「何という…貴族の風上にも置けない外道ではないか──いや、失礼」

 ゴホン、咳払いをして、

「ご子息の父親を悪く言うべきではありませんでした。大変申し訳ない」
「い、いえ…」

 思った事が吟味する前に口を突いて出るのがジェフリーである。

 性根の真っ直ぐな男で、発言自体は至極真っ当ではあるのだが──駆け引きが全くできないので貴族には向かない。
 数年前に奥方と離婚したのは、それが原因の一つだと聞いている。

「ユーフェ、気にしないでください。ジェフリーは昔から考えるより前に口から言葉が飛び出して墓穴を掘る性質なのです」
「おい、クリスティン」
「事実ではないですか」
「ぬう…」

 ジト目で睨んで来る従兄弟は無視して、ユーフェミアに話を向ける。

「それで、ユーフェ。話を戻しますが、危険を承知で王都へ来た理由は?」
「──これだけはどうしても、直接渡したかったの」

 真剣な表情でユーフェミアが差し出したのは、分厚い書類の束だった。

 受け取ってパラパラとめくると、ユーフェミアと同じ目に遭った元有期雇用文官の女性たちの証言と、個人別の給与明細の写しがずらりと揃っている。
 給与明細をちらりと見ただけで、明らかに金額がおかしい物が複数ある。
 私は頷き、ユーフェミアに頭を下げた。

「──確かに、受け取りました。ありがとうございます、ユーフェ」
「少しは力になれたかしら?」
「ええ、百人力です」

 私が言うと、ユーフェミアはふふっと笑った。

 冗談だと思ったのだろうが、これは本当に『百人力』だ。
 膨大な情報が網羅された書類。これだけでも十分連中を追い詰める証拠になる。

「それは?」

 ジェフリーが首を傾げたので、私は書類を差し出し、簡単に状況を説明した。

 この際だ。母が既に助力要請を出してくれているのだから、アーミテイジ侯爵家もきっちり巻き込んでしまおう。

「………」

 説明を終えると、ジェフリーの眉間に深い深いしわが寄っていた。
 ただでさえ貴族らしくない厳つい顔が、裏社会のドンのような迫力になっている。

「ジェフリー、顔が怖いですよ」
「…怖くもなるだろう、これは…」

 感情のままに怒鳴らないあたり、衛兵部隊の中隊長を務めるだけある。
 絞り出すように呻いたジェフリーは、書類をめくって2、3枚走り読みした後、すぐにぱたんと閉じた。

「──…これは、現時点では俺は見ない方が良いな」
「ええ。こちらの件は、衛兵部隊に捜査指示が下りて来たら確認してください」

 この書類は主に王宮内で起こった事件の証拠なので、捜査は衛兵部隊ではなく別の専門部署が主体になって進めなければならない。
 衛兵部隊にお声が掛かるのは、そこが動き出した後になるだろう。

 私は書類を返してもらい、丁寧にカバンに仕舞う。
 ブライトナー男爵家に戻ったら、きちんと内容を精査してまとめなければ。

「…それで、クリスティン。現時点で、うちが協力できることはあるか?」
「勿論です」

 ジェフリーの申し出に、私は笑顔で頷いた。

「まずは、ユーフェミアとケヴィンの安全を確保してください」

「え?」

 ここで自分の名前が出て来るとは思っていなかったのだろう。ユーフェミアが軽く目を見開いた。

「恐らくですが、先程の暴漢は最初からユーフェミアを狙っていたのでしょう。ただのごろつきにしては身のこなしが洗練されていました」

 ユーフェミアの懸念通り、ファーベルク伯爵家にウォルターの手の者が入り込んでいたとしたら、ユーフェミアの動きはウォルターに筒抜けだ。

 流石に私とユーフェミアが暗号の手紙で情報をやり取りしていたのは分からないだろうが、元同僚たちの証言集を手に、血の繋がった息子のケヴィンを連れて王都に向かうユーフェミアを、自分の立場を危うくする者として排除しようしている可能性は大いにある。

 そう指摘すると、ジェフリーが目つきを鋭くした。

「──街にはまだ他にも、ベレスフォード公爵の指示を受けた者が居るかも知れない、という事か」
「ええ」
「取り急ぎ、そいつらを炙り出して全て捕まえれば良いのではないか? ベレスフォード公爵の命令でユーフェミア嬢を狙っていたという証言が取れれば、そちらの線でベレスフォード公爵を追い詰める事も出来るぞ」

「多分、雇われた側は大元の雇い主がベレスフォード公爵だと知らないはずです。捕まえても無駄でしょう。──それに、あの方については逃走の余地が無い状態で余罪を全て明らかにして()()()()()()()つもりなので、現時点で動かれては困ります」

「血まつ…」

 ジェフリーがひくっと頬を引きつらせた。
 私は笑顔で続ける。

「ああ、()()()ではありませんでした。取り巻き含め、関係者全員例外無く()()()()()()()()予定なので、ユーフェミアを狙う連中は泳がせておいてください」

「………承知した」

 頷くジェフリーの顔が若干青くなっているような気がするが、いざという時には頼りになる人間なので大丈夫だろう。

「…クリス、そんな事を言って大丈夫なの?」

 ユーフェミアが不安気にこちらを見た。

「相手は仮にも公爵家の当主よ? いくら証拠があっても、処罰される事は無いのではないかしら」
「普通なら、そうでしょうね」

 私は素直に頷いた。
 多分ユーフェミアは、自分が持って来た証拠を突き付けても、精々ウォルターを牽制して今後不正をしにくくするくらいの効力しか無いと思っているのだろう。

 彼女の指摘通り、貴族の中では王家に次ぐ地位である『公爵』の権力は絶大だ。
 しかも、ウォルターは公爵家の中でも筆頭とされるベレスフォード公爵家の当主。
 普通なら、地方の一貴族の娘がどんな証拠を突き付けたところで、適当に誤魔化されるか揉み消されて終わる。

 だが。

「今回ばかりは、相手が悪かったという事です」

 私は自信満々に笑みを浮かべた。

 ジェフリーとユーフェミアは、困惑の表情を浮かべているが。



 ──アンガーミュラー家は、()()()()()()()()()のだ。





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