桃色短編集

ハジメテのラブシーン

瀬河颯斗は、27歳にしてようやく俳優として売れ始めて、月9ドラマのヒロインの相手役に抜擢された。すらっと背が高く、キリッとした顔立ちで、色気を漂わせる彼の雰囲気がメロいとSNSで話題になっている。
そんな彼と組むヒロインは、23歳の梨本つむぎ。デビュー早々にアカデミー賞を獲るなど実力派で、小柄ながらもスタイルが良く、一見おとなしそうな清純派女優として活動している。
ドラマは、禁断の恋愛をテーマにした大人向けのもので、絡みのシーンもそれなりにあった。
リハーサル初日、瀬河は梨本から思いもよらない相談を受けた。
初日のリハーサルと本番が終わった後、梨本は瀬河を呼び止め、誰もいない部屋で2人きりになった。
「突然すみません、あ、えっと、、ちょっとご相談したいことがありまして」
「え、俺に相談って、どうしたんですか?」
「えーっと、そのー、、端的に言うと、、きっ、キスの練習に付き合ってください」
顔を赤ながら一息でズバッと言うと、瀬河の時が止まった。
「ん?キスの練習って、、。台本にはそういうシーンは書かれてるけど、練習するほどでもないと思うし、、、そういうのはさ、彼氏とかに」
「いません、彼氏いたことないので。」
「えっ?、あ、そうなんだ」
「だから、キスとか、、したことなくて。だから練習させてください」
「待ってよ、そもそも、このドラマ自体結構絡み多いのに、なんで引き受けたの?」
誰もが思う当然の疑問を率直に投げかけた。
「もちろん断ろうとしました。だけど、マネージャーと事務所が次のステップに行くためにはやらないとダメだって言われて、経験なくても演じるのが女優だって言われたんです。殺したことないのに殺人犯の役をするのと同じだって。大体は相手に任せておけばなんとかなるからって」
「まじかー、じゃあ、その辺は俺がなんとかカバーします」
「ありがとうございます、、、でも、不安なんです。1回もしたことないのに、しかも初めてがカメラ周りながらって、上手くできる自信がないんです。なので、一回だけ練習に付き合ってください」
瀬河は後頭部を掻きながら、他に方法がないか考えたが何も思い浮かばなかった。
23歳でこのルックスならひと通り経験してても良さそうなのに、全く恋愛経験がないとか信じられない。4歳下の女の子に泣きつかれたんじゃ断りにくい。かといって仕事の延長とはいえ、プライベートでキスの練習って流石におかしい。
「嫌ですか?」
わざとなのか身長差から仕方がないのかわからないけど、上目遣いで見つめる梨本に、瀬河はさすが女優だと思った。
「いやっていうか、。俺もこのドラマをいいものにしたいって気持ちは梨本さんと同じだけど、俺なんかでいいのかなって。芝居に対する情熱は素晴らしいけど、そんな自分を安く売るようなことはやめた方がいいと思うし」
「女優になるって決めてからこういうことは覚悟してたので大丈夫です。それに、相手が瀬河くんだったからお願いしたんです。」
「なんかよくわかんないけど、そういうことなら協力します。」
引き受けてしまった。ここまで一歩も引かない姿勢で頼られるのは男心をくすぐられる感じがして断るのは気が引けた。瀬河は引き受けたあと、新手の誘い文句なのか、それともほんとにキスだけなのか、その先はどうするのかと、いろいろ疑問に思ったが何も聞かないで流れに身を任せることにした。
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