魔法少女は34歳

第3話 母の電話は着信拒否で

 翌朝、父から久しぶりに連絡が入ってくる。専業主婦である母からの連絡は、いつ頃からか、結婚だの母親になれだの、早く孫の顔が見たいだのといった内容ばかりになり、ある日とうとう着信拒否にしてしまったのである。

 親からの連絡を着信拒否にするとは何事だ、と家に押しかけてきた母にしこたま叱られたが、その日以来、玲奈の携帯に連絡をしてくるのは母ではなく父になっていた。

「……久しぶり。変わりない?」

『母さんならピンシャンしてる。まあ、その、いつもの話だけど、お見合いなら父さんのツテでいつでも紹介してやるからって言ってなんとかしてるよ。その気になったらでいいんだ』

 少しばかりの気まずさにも似た空気と共に、弁護士らしく月に二度は同じ時間に連絡してくる父に、

「ありがとう。よろしく言っておいて」

 定型文のようなお礼の言葉を電話口に投げる。

『まあその、母さんは本気で心配してるんだけどなあ。もういい年なんだから彼氏のひとりでもつくって家に帰ってこいって。あわよくばそのまま結婚しろっていつも父さんに愚痴ってる』

 かつての魔法少女の同期もまた、皆口を揃えて同じようなことを言ってくるが、

「今は、仕事が忙しいから」

 多少母へは申し訳なく感じるも、玲奈にはそんな気など毛頭なかった。

 共に魔法少女として戦った同期達の、今では家族の可愛い写真や夫への愚痴、可愛く盛り付けられた今日のお弁当の写真などがぐるぐると洗濯機のように回転しているSNSのグループも、一抹の寂しさを指先に載せて『既読スルー』しがちである。

『玲奈は変なところで僕に似たよなあ……仕事が一番って。念願の部署に異動が決まって、頑張りどころなんだろう?しょうがないよ』

 何故か弁護士の父だけは、諦めの境地にも似た理解と共感を多少示してくれている。

 自分もいつか結婚してかつての仲間達のように家庭に収まり、母が言うように良き妻なり良き母なりになっていく日がくるのだろうか。

 自分が可愛い子供のためにお弁当を盛り付けたり、友人達に夫の愚痴をこぼす姿は、どうにも想像がつかない。

 34歳独身女性。それが世間が自分を見つめる『目』であり『肩書き』でもあった。そこに勝手に「寂しい生き方」だの「仕事に生きるバリキャリ」だの「婚期を逃した可哀相な女」「行き遅れ」だのを勝手に付けられるいわれはないというのに、世の中はそんな自分を放っておいてはくれないのである。

 世間というのはまるで何にでもラベルを貼っていた亡き祖母にそっくりだ、と思わず溜息を深々と吐き出す。

(……寂しさを感じることは、ないわけではないのだけれど)

 日々仕事をこなしながら問題なく生きていても、余計なラベルばかりが増えていってしまう人生。

 そしてとっくに剥がしたはずの『魔法少女』というラベルを、自分は再度自分の意思で選び取った。

 そしてC35、愛用のコンパクト同様、公務員として勤めている表の顔の『裏面に』ラベルを貼っている。それが今の自分である。

(それを結婚で満たそうだなんて、考えたこともなかっただけ)

 仕事用鞄の中に収まっている『福祉部児童家庭課』のICカード。

 数々のカウンセラーや幼児保育の資格を取得し、いくつもの企画書を真夜中までかかって作り上げ、念願叶ってやっと総務部からの異動が認められた、明後日から勤める新しい部署だった。

「ロートス・イーター……」

 自分とて『彼氏』に相当する男よりも先に、金色に輝く羽根を持つ人ならざる存在を部屋に連れ込むことになるとは思っていなかった。

 溜息をつきつつも、部署が変わるその日ではなかったことを天に感謝するような気持ちで、職場へと電話をかけて『急な風邪を引いた』ということにして休みを申請する。

 そして時折悪夢にうなされるように呻き声を上げながら昏々と眠り続けるセイレーンの身体の傷跡に塗るための軟膏、普段は書類仕事で出来がちなちょっとした切り傷などを直すために使うそれを仕事用鞄の中から手に取って、少し頭を振って気を取り直してから、

「………治療を、続けないと」

 昨日の夜から出しっぱなしだったステッキを手に、静かに寝台へと近づいていった。


 目を覚ますと、既に少しばかり天頂に近づいている太陽の光が、この自分には少しばかり狭い寝台を柔らかく包み込んでいた。

「おれは……」

 腕ががっちりと固定され、まだ少しだけ冷たい水の入った布袋で折れた骨が冷やされている。

 奇妙な騒々しい杖を振り回す女に保護されたことを思い出す。手首には真新しく清潔な白い布が丁寧に巻かれ、傷痕には少してらてらとしたクリーム状の何かが塗りつけられている。

 そしてそんな自分の足元には例の人間の女が杖を手にしたまま、まるで力を使い果たしたかのように眠り込んでいた。

「おい、女」

 思わずロートス・イーターは声を上げる。

「軽率だ。実に軽率だ。おれが、おれをあんな目に遭わせた雌どもを憎まないわけがない。お前も人間といえども雌の一種。こうして、お前に恥辱を与えることも出来る」

 睨みを聞かせて言ってやる。

「……私は義務を果たしました。けれどそれに何か対価を求めるつもりはありません。あなたが私をここで辱めるのであれば、それも結構。……けれど私は」

 玲奈が男を静かに見つめて言った。

「……いいえ。あなたと私は初対面です。私が勝手にあなたの瞳に誇り高さを見いだしただけのこと。だから、あなたがそれで気が済むのなら、好きになさい」

 ロートス・イーターが、予想外の言葉に虚を突かれながら、まなじりを吊り上げる。

「誇りか。あの忌まわしい同族の雌どもが、おれから、奪い去ったものをか」

 玲奈が立ち上がり、キッチンへ向かう。

「女よ。名は?」

「足立玲奈と言います」

「アダ……チ……」

「レーナ、と呼ばれていました。かつては」

「レーナか」

「食事を摂ることを勧めます。栄養をとらねば、飛ぶこともままならないはず。職場には朝一番に電話して休暇を取りました。朝食くらいなら、今からでも……」

 突然、玲奈がキッチンで膝から床に崩れ降ちる。

「どうした」

「……失礼しました。一晩中魔法を使ったのは初めてでして、少し、目眩が……申し訳ないのですが、非常用のレトルトで……」

「レトルトとはなんだ。それよりもお前が倒れてどうする。本末転倒ではないか。一晩中、おれを、癒やしたというのか」

「……」

 玲奈が答えるより先に静かに床へと倒れていく。

「人間の雌は……わからん」

 セイレーンの男が呟いた。
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