魔法少女は34歳

第6話 マジカルでもミラクルでも

「こないだまでは『なんか変な事件』ばかりだったけど、結局、僕の仕事はいつもと変わらないんだよなあ……」

 買いたてのパソコンに向かって弁護士の父親が、お茶と好物の煎餅を差し出した玲奈にぼんやりと愚痴をこぼす。

 画面に映っているのは、巷に溢れる「市井の事件」の数々から、世界中で、海の向こうのどこか遠い場所で今日も行われている戦争や紛争などの資料だった。

 パソコンの後ろのテレビからニュースが流れてくる。詐欺や、家庭内暴力、不登校、政治家の不祥事から、海外の痛ましい、終わりの見えない戦争まで。

 自分とその仲間達が父が言うところの『なんか変な事件』の裏側で跋扈していた悪の組織を倒し、世界を救ったのだ、という喜ばしい、そして『皆にはナイショ☆』な大活躍をしてきたという実感が、あっという間に吹っ飛んでいく。

 なんともやりきれない思いと、胸の奥からとめどなく湧き上がってきそうな涙をぐっと堪えて

「本当に、何も、かわってないの?」

 もう一度、父親にぼんやりと聞く。

「……今日もいつもの児童相談所からメールが来てるよ」

 父親が、溜息交じりに答える。

「海の向こうでは戦争だ。玲奈と同じ年頃の子達が、いつも世界のどこかで困っているよ。きっと今日だけじゃない。明日も明後日も、来年も、もしかして何十年後も、ね」

 マジカルでミラクルでとてもキラキラとした『自分達の世界』へと帰って行った、自分を魔法少女にしてくれた妖精達に聞いてみたかった。

(魔法少女の力は、間違いなくあなたたちの世界を救った。けれど……)

「………魔法が、あれば良いのに」

 まだ中学生だというのに、年よりはずっと大人びているはずの自分の娘の口から意外な単語が飛び出してきたことに、玲奈の父は目を丸くする。

 そして、お茶と煎餅をデスクの上に置いて、振り返るとまだ小さかった玲奈の手をとって、ゆっくりと言った。

「………きっとどんな魔法でも救えないから、僕たちみたいな人間が毎日こうやって頑張っているんじゃないかな。自分たちの世界は、自分たちの力で頑張って良くしていくのが人間なんだよ。それは、なかなか難しいことなんだけどね」

 そして、襟元にいつもつけている弁護士のピンバッジと、仕事先のひとつでもある児童保護施設で貰ったという可愛らしいキャラクターの描かれた缶バッジを見せて、笑う。

「やれることからやっていくしかないんだ。でも、それこそが一番大事なんじゃないかなあ」

「やれること?」

「僕は弁護士になったけど、玲奈のこれからは、これから玲奈自身がゆっくりと考えて決めることだよ。君はいつだって何にでもなれる、何でもできる可能性を持っているんだからね」

 魔法少女だった時の自分達の決め台詞にも少し似ている父親の言葉を噛み締めて、玲奈は言った。

「………ありがとう。ありがとう、おとうさん。わたしも、やれることを、したい」

 突然ぽろぽろと涙を流しはじめた娘に慌てて机の上のティッシュを差し出し、玲奈の父は言った。

「いつだって、父さんは君の味方でいるよ。約束だ」


「……魔法少女では出来ないことをしようと決めたのに、まさか魔法少女協会にスカウトされたのは本当に皮肉なものです。とても迷いましたが、受けることにしました。世界を救う使命がある子達を助けることも、『私のやれること』なら」

「お前のよく言う、義務か」

「……魔法少女というのはいつか必ず卒業するものですが、魔法少女として世界を救ったがために、これからの生き方に戸惑う事もあるでしょう。だから、そういう時のために、私のような人間がいても良いのでは、と思ったのです」

 玲奈が、少し肩をふるわせて、目を閉じて言った。

「私は、世界を救った。けれど、救いの手を差し伸べるべき場所というのは、もっと身近にあるものだ、と。人間は、人間の力で、世界を良くできるのだと」

 ロートス・イーターが静かに問う。

「その騒々しい杖と魔法とやらを使わずに、ということか」

 玲奈が息を吐いた。

「……この騒々しい杖も魔法も、妖魔の類を懲らしめることはできても、親から暴力を振るわれる子や、様々な理由で犯罪に手を染める子、自分もまだ子どもだというのに家族を養う子を救ってはくれません。戦争で家族や家を失った子供を助けることも出来ません」

「そういうものなのか」

「……協会に入るときに私も問いました。より良い世界のために活用できないのか、と。けれど、現実社会の中で魔法を使うことは、リスクでしかない。それも、使うことが出来るのは魔法少女、つまりほとんどが思春期の少女、あるいは私のようにかつて魔法少女だった者ばかり」

 玲奈が身体をそっと起こして、ベッドの上に正座して呟く。

「魔法少女に選ばれる子供たちは、比較的恵まれてはいます。魔法を信じる余裕がなければ勤まらない仕事ですから。けれど、そんな魔法を信じる善良な少女達の力を悪用しようとする者が現れないように、大人の力で守る必要があります」

 ロートス・イーターが僅かに首を傾けて聞く。

「人間は、人間を信じないのか」

「……信じて、生きていけるようにするのが、私の義務です。あなたのように、人間ではない者でも、同じこと。困っている者を助けることに、何も変わりはありません」

「大層なことだ」

「ありがとう、と言うべきでしょうか。あまりこうして、誰かと喋ったことはなくて」

「お前も孤独か」

 玲奈が息を吐いて、ぼんやりと答える。ふと、母の顔や、魔法少女として一緒に戦った同期達の顔が浮かぶが、

「……もしかしたら、そうかもしれません」

 思わずそんな言葉が、ぽろりと口から出てしまう。ロートス・イーターがそんな玲奈をじっと眺めて、思いついたように言う。

「歌ってやろう」

「歌、ですか?」

「孤独な者同士が同じ寝台にこうして身を寄せ合っている。妙な縁だが、お前はお前のことを語った。ならばおれも、それに相応しい礼をせねばならない」
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