まだ恋とは呼べない距離で

担当者と指名

それから、藤森先輩との関係は少しだけ変わった。

廊下ですれ違えば、挨拶を交わすし、図書室で顔を合わせれば、短い会話をする。

「当番?」
「はい」
「今日、人多いな」
「テスト前だからですかね」

それくらいの、どうでもいいやり取り。

名前を呼ぶこともないし、特別な話をするわけでもない。

でも、知らない人ではなくなった。

それだけで、少しだけ距離が変わる。

---

次の図書委員会。

読書週間に向けた活動についての話し合いが始まった。

「全校生徒に読書を促す企画を考えます」

先生がそう言って、黒板に簡単な説明を書く。

一学期の担当者を二人決めるらしい。

「やりたい人、いますか」

少しの沈黙。

誰も手を挙げない。

理由は分かる。
準備もあるし、手間もかかる。

評価にはつながるかもしれないけど、それ以上面倒な仕事だ。

「いないかな」

先生がもう一度言う。

そのとき。

「はい」
一人、手が挙がる。

前の席。
あの三年生。
——藤森先輩。

そのまま、名前が書かれる。

「もう一人、いない?」

再び沈黙。

視線が少しだけ泳ぐ。

誰も手を挙げない。

そのとき。

「じゃあ」
先輩が振り返る。
一瞬だけ、迷ったように見えた。
それから、まっすぐこちらを見る。

「神崎、一緒にやらない?」

一瞬、意味が分からなかった。

「え」
思わず声が出る。

周りの視線が、少しだけ集まる。

「この間、副委員長断って、結局何の役職もやってないじゃん」

そう言って、特に深い意味はなさそうな顔をしている。

断る理由を探す。

時間がかかる。

目立つかもしれない。
余計なことはしない方がいい。
頭の中でいくつか浮かぶ。

でも。
「……大丈夫です」
気付いたときには、そう答えていた。
「やります」

先生が頷いて、黒板に名前を書く。

それで決まった。

ただ、それだけのこと。

なのに。
ほんの少しだけ、心が落ち着かない。

理由は、よく分からない。

---

委員会が終わって、片付けをしていると、後ろから声がかかる。

「よろしく」

振り返ると、先輩が立っていた。

「……はい」
短く答える。

「そんなに難しいことやるわけじゃないから」

「そう、ですか」

「一緒に考えればいいし」

それだけ言って、軽く手を振る。

深く踏み込んでくるわけでもなく、距離を詰めてくるわけでもない。

ただ、自然にそこにいる感じ。

「じゃあまた」

そう言って、先に部屋を出ていく。

その背中を、少しだけ目で追う。

——なんで、私なんだろう。

そう思う。

でも、わざわざ聞くほどのことでもない。

理緒は視線を外して、机の上の資料を揃える。
いつも通りに。
はみ出さないように。

そのはずなのに。
少しだけ、違う場所に立っている気がした。
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