捨てられ才女はどうやら繁栄の切り札だったようです~新生活を謳歌していたら、記憶チートで追放先が大発展していました~

13.レオールとコーデリア②

 どうやら帝国の先進を学ぶのと、本を読みたいからという理由だった。
 俺は前者も嘘ではなかろうが後者も大きなウェイトを占めていると思ったが。
 王太子妃となった彼女はきらめくような輝きと知性を放っていた……たった半年間ではあるが、コーデリアは帝国大学の中心であった。
 彼女はとても勉強熱心なうえ、どんな人間にも分け隔てがなかった。
「コーデリア様、ここがわからないんですけれども……」
「ええ、それはね――」
 公爵家の令嬢に生まれて王太子妃になった人間には正直、珍しいほどだ。
 俺はそれを読書のおかげだと認識した。それまでの話で彼女は実に多彩な本を読んでいると知っていたからだ。
 市井の詩も辺境の詩も死後に評価された論評も……彼女は身分差を越えて知識と考えを吸収して自分のものにしているのだ。
 ただ、それは危うくもあった。
「彼女の器に公国は見合うか」
 ラッセリア公国はやはり保守的だ。俺の印象では安定しているものの、革新への意識は低いと評さざるを得ない。
 特に今の王家は……あまり才覚があるようには見受けられなかった。コーデリアなら公国の数十倍大きい帝国でも大臣が務まるだろうに。
 印象的だったのは、コーデリアが留学していた時のとある夜会のこと。
 その夜のコーデリアはやや派手な――真紅の鮮やかなドレスを着てきていた。
 さらにはかなりキツめの柑橘系の香水をまとい、黒髪も大きく広げている。
(今までそんなことがあったか……?)
 これまでの彼女からしたらあり得ないコーディネートだ。
 他者が離れたところで俺は彼女に声をかけた。
「こんばんわ」
「こんばんわ――レオール様、お久し振りです」
 コーデリアが半歩下がったのを俺は見逃さなかった。
 これはある種のサインだ。だから俺は機先を制した。
「俺は気にしませんよ」
「……レオール様はお優しいですね」
 何回か対面で話した程度だ。だが、コーデリアは本当によく人を見ている。
 そして俺も彼女を多少なりとも理解していた。
 コーデリアは自ら拒むようにふっと身体をはためかせた。
「この香水もドレスもあまり似合っていませんよね?」
「普通ならば否定するのでしょうが……正直、コーデリアの趣味ではないように感じる」
 大学の教職員と留学生だからこその会話だった。
 あとは俺が公国の継承権も一応持っているからか。
 単なる貴族であればこうはならない。
「殿下のご趣味でして」
「……ディルダ殿下はこの場におられないようですが?」
「今夜は公国の方が視察で来ているので。殿下のご趣味のほうが波風も立たないかと」
 コーデリアの手は少し震えていた。口にしたことを後悔しているようだった。
「申し訳ございません。少し喋り過ぎました」
「いいのですよ。コーデリアははっきりと自分を持っている。それは為政者としてとても大切なことです」
 俺は心の底からそう思って、彼女に伝えた。
 政治とはしがらみの世界だ。利害と感情が複雑に絡み合い、人の心を捕らえてしまう。
 だが、そのような世界にあっても自分らしさや感性を貫くことは大切だ。
 自分を持っていなければ、黒い感情に飲み込まれてしまう。
 それは誰の為にも――自分にも民の為にもならない。
「ありがとうございます。レオール様はいつもお優しいですね」
「そうでしょうか」
「自分に芯がある方はとても素敵だと思いますわ」
 コーデリアは微笑んだ。それは心からの笑みのように思ったが、わからない。
 結局はお互いに貴族と政治、しがらみの世界で生きるしかないのだから。
 そして最後の事件はコーデリアの留学が終わる直前に起きた。
 じっとりとした夏の日、肌が焼かれる感覚と不快な湿度のある日――魔獣の襲来が起きたのだ。それも大学近くの都市での大規模な襲来だった。
 襲ってきたのはスライムという魔獣。世界各地に出没する魔獣だ。
 様々な属性や形質を持つ以外は中級程度で大きな危険はないはず。
 しかしその時現れたのは、通常とは異なる変異種のスライムだった。
 辺境の監視隊では抑えきれず、俺が都市の防衛隊を率いて前線に向かうことになった。
「学生は住民とともに避難を!」
 魔獣討伐は軍の役目。貴族でも魔力を持っているのはごくわずかで、正直なところ足手まといにしかならない。
 火砲の位置、緊急の罠、増援の到着時間と頭の中をフル回転させていたところで、コーデリアが前に躍り出てきた。
「コーデリア、君も避難を!」
「魔獣のことであれば、お役に立てるかも。私も前線へ連れて行ってくださいませ!」
「だが、君は――」
 ラッセリア公国の王太子妃。無論、俺の魔術なら前線に連れても安全は確保できる。だが、そのようにして良い身分ではない。
「スライムの変種であれば公国にも多数の例があります! どうか!」
 コーデリアは叫んだ。
 他の人間なら俺は当然、却下しただろう。
 どれほどの魔力があっても知識があっても……しかし本当の意味でコーデリアは特別だった。
 俺は神の恩恵など信じないし、コーデリアも全く信じてはいないだろう。
 だが、選択はある。人は積み重ねたもので選択をする。
 この場で前に進む勇気と受け入れる度量。
「いいだろう」
「レオール様……!」
「ただし危険だと判断したらすぐに避難してもらう。構わないな?」
「はい、もちろんです!」
 コーデリアと向かった前線は大混乱だった。
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