恋とか、愛とか。

幸せな日々

夕日が教室を真っ赤に染めていた。
私が机の上の鞄を持ち上げたとき、後ろから声がした。
「……柚葉」
振り向くと、川口くんが立っていた。
さっきまでいなかったはずのその姿に、私は一瞬だけ息を止める。
「まだ、帰ってなかったの」
「うん」
短い返事。
それだけなのに、空気が少しだけ柔らかくなる。
川口くんは視線を少し逸らしてから、ぽつりと言った。
「……さっきは、ごめん」
私は首を振る。
「謝らないで」
沈黙。
廊下の方から、部活の掛け声が遠くに響いていた。
「一緒に帰る?」
川口くんがそう言った瞬間、私の胸が小さく跳ねた。
「……うん」
二人は並んで歩き出す。
教室を出て、廊下を抜けて、階段を降りる。
いつもより、少しだけゆっくりな足取りだった。
言葉は少ない。
でも、不思議と気まずくはなかった。
校門を出ると、風が少しだけ冷たかった。
「今日さ」
川口くんが前を見たまま言う。
「無理に答えなくてよかったのに」
柚葉は足を止めかけて、すぐに歩き続ける。
「無理じゃないよ」
「……そう?」
「ちゃんと、自分で決めたから」
その言葉に、川口くんは少しだけ驚いたような顔をしたあと、小さく笑った。
「そっか」
それだけ。
それ以上は聞いてこなかった。
その優しさが、少しだけ痛かった。
帰り道の空は、オレンジから紫に変わり始めていた。
並んで歩く二人の影が、ゆっくりと伸びていく。
そのときだった。
柚葉の胸の奥に、ふっと浮かんだ名前がある。

碧。

あの場所。
あの手紙。
ずっと守られていた言葉。

――恋をしていい。

その意味を、ようやく少しだけ分かった気がした。

「ねえ、川口くん」
柚葉は小さく声をかける。
「なに」
「……今日、ちゃんと答えてくれてありがとう」
川口くんは少しだけ目を細める。
「別に、当たり前だろ」

その言葉に、私はほんの少し笑った。
胸の奥が、さっきより少しだけ軽くなる。

その瞬間、風が通り抜けた。
まるで誰かが背中を押したみたいに。

――碧。

もし今、あなたに届くなら。
私は今、ちゃんと歩けているよ。
まだ不安もあるけど。
まだ全部は分からないけど。
それでも、誰かを見て笑えている。
だから。ありがとう。
応援してくれて。
私は今、幸せです。

空を見上げると、夕焼けがゆっくりと夜に溶けていくところだった。

私はそのまま、隣を歩く川口くんの横顔を見つめる。
そして、もう一度だけ前を向いた。

――今は、それでいいと思えた。

碧、今でも私は碧を愛しています。
どうか、ずっと向こうでも幸せでいてください。
恋とか、愛とか。
もう、どうでもいいって思っていたけど、碧のおかげでまた恋を知れた。
ありがとう! 碧。

青空を見たら、碧を思い出します。
碧の笑顔も優しさも、仕草も。
全部全部大好きでした。
愛していました。
碧は愛を教えてくれた人でした。



碧、あなたがくれた言葉で、私は歩けている。
ここから先が、私の恋の始まりだった。
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