Please let me hear your voice-君の声を聴かせてー
エピローグ 歩き続ける未来のためにーモルガナイトー
特別な日ではなくても、今日という一日が穏やかに始まることを静かに告げていた。

柚歩はキッチンでエプロンの紐を結びながら、ふっと息を吸った。
胸元のモルガナイトが淡く光り、朝の光を受けて小さく揺れる。
深い青ではなく、淡い桃色のような優しい光。
それは、痛みの影を抱えていた頃には決して見えなかった色だった。

「お母さん!ランドセルどこー!」

愛生の声が家じゅうに響く。小学生になってから、愛生はお母さん、お父さんと呼ぶようになった。
毎朝のようにランドセルを探して走り回る。
トコトコと軽い足音が廊下を駆け抜け、家の空気がふっと明るくなる。

「ほら、そこ。昨日置いたままだよ」

柚歩が指さすと、愛生は「あった!」と笑ってランドセルを背負った。
その笑顔は、昔の夜の公園で見た光とはまったく違う。
濁りがなくて、まっすぐで、未来を信じる子どもの光だった。

琉生はアトリエの扉を開け、資料を抱えながら出てきた。
数年前に独立した小さなアトリエ。
朝の光が差し込むその部屋は、琉生の未来そのものだった。

「今日の打ち合わせ、午前中だけだから。午後は家にいるよ」

「うん。愛生帰り、待っててくれる?」

「もちろん」

琉生は微笑み、柚歩の胸元のモルガナイトにふっと視線を落とした。
淡い光が揺れているのを見て、静かに息を整える。

「……綺麗だね」

柚歩は少し照れたように笑った。
昔のように胸が痛むことはもうない。
喉の奥が震えることもない。
声が出なくなる恐怖も、未来が見えなくなる影も、
この家の空気の中ではもう思い出の一部になっていた。

「お母さん、今日ね、学校で歌うんだよ」

愛生がランドセルを揺らしながら言った。
その言葉に、柚歩の胸の奥がふっと温かくなる。

「そうなんだ。楽しみだね」

「うん!お母さんみたいに、きれいに歌えるかな」

その言葉は、かつての痛みを静かに溶かすようだった。
柚歩は愛生の頭をそっと撫でた。

「愛生なら、きっと大丈夫だよ」

琉生が玄関で靴を履きながら、二人の姿を見て微笑む。
その笑顔は、結婚式の日の青い光とは違う。
もっと柔らかくて、もっと穏やかで、
“家族として歩き続ける未来”を静かに示す光だった。

愛生が玄関から飛び出し、
「いってきまーす!」と元気に手を振る。

柚歩と琉生は並んで立ち、その小さな背中を見送った。

玄関に残った朝の光が、
モルガナイトの淡い光と重なって揺れる。

痛みの影はもうない。
過去の青は、未来の桃色に静かに溶けていった。

柚歩は胸元のペンダントにそっと触れた。
その光は、
“歩き続ける未来のために”
確かにそこにあった。
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