エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 仁奈の位置ならアプリで確認すればすぐにわかる。だが、告げられていない彼女の行き先に勝手に押しかけるのはかなり気持ち悪い行為だろう。最悪嫌われてフラれる。しかし、このままだと仁奈は帰ってこないかもしれない。いや……でも……。

 結局十秒で悩むのをやめた。天秤の傾きを調べるまでもない。仁奈を失うより恐ろしいことはないのだから。

 俺はGPSアプリ上で示された繁華街の雑居ビルへ向かい、店員がいない不自然なバーで顔を青くした仁奈を見つけた。

 最初は俺に見つかったことが嫌でそんな表情をしているのだと思った。だが仁奈の口から「ヤクザ」という物騒な単語が飛び出し、そうではないと悟った。

 詳細を聞き出す前に視界の奥でなにかが動いた。目をやると、女が椅子に足をかけてカウンターテーブルをよじ登っていた。グラスをなぎ倒しながらのそのそとテーブルを乗り越えようとしている。

 この女を逃すべきじゃない。そう直感して女を追いかけて捕まえた。

「おまえ、仁奈になにをした」

 場合によってはただじゃおかない。掴んだ腕を捻り上げると、女が「痛い痛い!」と声を上げる。だが逃亡の恐れがある以上、力を緩めるわけにはいかない。

 その時、背後のドアが開く音がした。

「千穂ちゃーん。お友達、しっかり連れてきたよねー?」

 振り向くと、図体が大きなスキンヘッドの男がドア枠に肘をついて、もたれるように立っていた。よれたスーツがだらしない。

 男の後ろにもうひとり、背の小さい金髪の男が子分のように控えている。

 仁奈が言っていたヤクザはこいつらだろうか。入口付近にいる仁奈が危ない。

「ん-、なんで男がいるんだー?」
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