追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路
第01話 転落の予兆
冬の朝は、空気さえ冷たい刃のように感じられる。白い吐息を抑えながら、私は王宮の回廊を歩いていた。
磨かれた青白い大理石の床に、私の足音だけが規則正しく響く。
ここは、ある意味私にとっての第二の家だった。
王太子妃候補としてこの城に通い始めて、もう二年が経つ。
政務を共にし、王子の補佐をし、民の声を聞きながら法の草案を作り、そして……国の未来を思って尽くしてきた。
私はこの国を愛している。だからこそ、誇りと責任を持ってここにいる。
今日もまた、王国会議が開かれる。
私が提案するのは、新たな税制改革案。農民や中小商人の税負担を軽くし代わりに上位貴族や王族の一部免除を見直す内容だ。
反発があるのは承知の上――それでも、長期的に見ればこの国のためになる。
すでに一部の若手貴族たちからは賛同を得ていた。準備も、根回しも完璧。あとは、王太子殿下であるレオンハルト様のご決裁を得るのみ。
「……殿下、ご提案の件、よろしくお願い申し上げます」
そう声をかけたのは、会議の直前。
執務室でお顔を合わせた時、私は丁寧に一礼し、手元の資料を差し出したのだが。
「……ああ。聞いておく」
たった、それだけだった。
殿下は、資料に目を通すこともなく、椅子に深くもたれかかっていた。
以前なら、私の案を見て何かしら意見をくれた。
時に厳しく、時に笑いながら「お前らしいな」と評してくれた。
あの頃の穏やかで温かな空気は、今やどこにもなかった。
「……殿下?」
思わずもう一度声をかける。その瞬間、レオンハルト様はわずかに眉を顰め、こちらに冷ややかな視線を向けてきた。
「もういい、セレスティア。余計なことはするな」
「……余計なこと、とは?」
心臓がひとつ、小さく跳ねた。
それは単なる疲れからくる気まぐれなのか、それとも……
「お前は、俺の決定に口を挟むようになったな。まるで、婚約者ではなく――女官長のようだ」
まるで皮肉めいた言葉。
それを聞いた私の中で、何かがカチリと音を立てた。
彼の瞳には、私ではない別の何かが映っているように見えた。
「殿下、私は、殿下の補佐として、王政の安定と国民の生活のために――」
「聞きたくない。お前の【理想】など」
その一言で、私は口を閉ざした。
言いたくても言えない――なぜ、こんなにも遠くなってしまったの?
確かに忙しい日々だった。互いに言葉を交わす時間は減った。でも、それでも私はこの国の未来のために、彼の力になることが自分の務めだと信じていたのに。
「……申し訳ありません。以後、控えます」
それだけを言って、私は一礼し、その場を後にした。
執務室の扉を閉めた瞬間、肩の力が抜け、緊張のあまり、無意識に拳を握っていたことに気づく。
(何か、変だ……何かがおかしい)
ずっと小さな違和感が積み重なっていた。
殿下の態度だけじゃない。貴族たちの視線や女官たちの噂話。まるで……私だけが、王宮の中で浮いているような感覚。
しかし、それでも私は進まなければならない。
(私は、王太子妃としての務めを果たす。それが私の誇り)
自分にそう言い聞かせ、顔を上げた。
そして――その時だった。
回廊の向こう、柱の陰から一人の女が現れた。
栗色の豊かな巻き髪。上品そうな顔立ちに、艶のある赤い唇。侍女の制服を身にまとっているが、立ち居振る舞いは侍女とは思えぬ堂々たるもの。
私と目が合った瞬間、その女は、にやりと唇を歪めた。まるで勝者が敗者を見下すような、侮蔑と優越の混ざった笑みだった。
誰?
この王宮で、あんな表情を私に向ける者など……。
女は一言も発さず、そのまま廊下をゆっくりと歩き去った。残された私の胸に、ざわりと言う感覚、不快な風が吹き抜ける。
(……なんなの、あの女は)
その疑問は、数日後に【答え】として突きつけられる。
この日、私が受け取った視線も、言葉も、沈黙も――すべてが、ただの【予兆】と言う事に過ぎなかったのだと。
磨かれた青白い大理石の床に、私の足音だけが規則正しく響く。
ここは、ある意味私にとっての第二の家だった。
王太子妃候補としてこの城に通い始めて、もう二年が経つ。
政務を共にし、王子の補佐をし、民の声を聞きながら法の草案を作り、そして……国の未来を思って尽くしてきた。
私はこの国を愛している。だからこそ、誇りと責任を持ってここにいる。
今日もまた、王国会議が開かれる。
私が提案するのは、新たな税制改革案。農民や中小商人の税負担を軽くし代わりに上位貴族や王族の一部免除を見直す内容だ。
反発があるのは承知の上――それでも、長期的に見ればこの国のためになる。
すでに一部の若手貴族たちからは賛同を得ていた。準備も、根回しも完璧。あとは、王太子殿下であるレオンハルト様のご決裁を得るのみ。
「……殿下、ご提案の件、よろしくお願い申し上げます」
そう声をかけたのは、会議の直前。
執務室でお顔を合わせた時、私は丁寧に一礼し、手元の資料を差し出したのだが。
「……ああ。聞いておく」
たった、それだけだった。
殿下は、資料に目を通すこともなく、椅子に深くもたれかかっていた。
以前なら、私の案を見て何かしら意見をくれた。
時に厳しく、時に笑いながら「お前らしいな」と評してくれた。
あの頃の穏やかで温かな空気は、今やどこにもなかった。
「……殿下?」
思わずもう一度声をかける。その瞬間、レオンハルト様はわずかに眉を顰め、こちらに冷ややかな視線を向けてきた。
「もういい、セレスティア。余計なことはするな」
「……余計なこと、とは?」
心臓がひとつ、小さく跳ねた。
それは単なる疲れからくる気まぐれなのか、それとも……
「お前は、俺の決定に口を挟むようになったな。まるで、婚約者ではなく――女官長のようだ」
まるで皮肉めいた言葉。
それを聞いた私の中で、何かがカチリと音を立てた。
彼の瞳には、私ではない別の何かが映っているように見えた。
「殿下、私は、殿下の補佐として、王政の安定と国民の生活のために――」
「聞きたくない。お前の【理想】など」
その一言で、私は口を閉ざした。
言いたくても言えない――なぜ、こんなにも遠くなってしまったの?
確かに忙しい日々だった。互いに言葉を交わす時間は減った。でも、それでも私はこの国の未来のために、彼の力になることが自分の務めだと信じていたのに。
「……申し訳ありません。以後、控えます」
それだけを言って、私は一礼し、その場を後にした。
執務室の扉を閉めた瞬間、肩の力が抜け、緊張のあまり、無意識に拳を握っていたことに気づく。
(何か、変だ……何かがおかしい)
ずっと小さな違和感が積み重なっていた。
殿下の態度だけじゃない。貴族たちの視線や女官たちの噂話。まるで……私だけが、王宮の中で浮いているような感覚。
しかし、それでも私は進まなければならない。
(私は、王太子妃としての務めを果たす。それが私の誇り)
自分にそう言い聞かせ、顔を上げた。
そして――その時だった。
回廊の向こう、柱の陰から一人の女が現れた。
栗色の豊かな巻き髪。上品そうな顔立ちに、艶のある赤い唇。侍女の制服を身にまとっているが、立ち居振る舞いは侍女とは思えぬ堂々たるもの。
私と目が合った瞬間、その女は、にやりと唇を歪めた。まるで勝者が敗者を見下すような、侮蔑と優越の混ざった笑みだった。
誰?
この王宮で、あんな表情を私に向ける者など……。
女は一言も発さず、そのまま廊下をゆっくりと歩き去った。残された私の胸に、ざわりと言う感覚、不快な風が吹き抜ける。
(……なんなの、あの女は)
その疑問は、数日後に【答え】として突きつけられる。
この日、私が受け取った視線も、言葉も、沈黙も――すべてが、ただの【予兆】と言う事に過ぎなかったのだと。