名前のない恋人〜先生の名前が呼べなくて
その人の名前を呼ぼうとした時、何と呼んでいいのかわからなかった。
いつも先生と呼んでいたから。
すらりとした先生の指先には、エンゲージリングがある。
先生の節ばった細長い指が私は好きだった。
プラチナダイヤモンドがよりいっそう彼の指先の繊細さを際立たせている。
「僕と結婚してください」
低く穏やかな声。甘く優しい声音。
彼はニッコリと微笑んでいた。
私の手元には薔薇の花束が横たわっている。
「……はい」
何の迷いもなく、私は頷いた。
先生は、私の薬指にリングを丁寧にはめていった。
ダイヤモンドが陽の光を反射する。
「おいで」
彼の後ろを歩く。白いワンピースのすそがひらひらと潮風で揺れる。
「……教会?」
海辺の小さな教会は白い影を水面に映している。海鳥の鳴き声が教会につづく白い石段に落ちていった。波の音と共に、遥か遠くからさえずっては穏やかな日差しの中に消える。
先生は、教会の扉を開ける。ギイ……と、重たい音をゆっくり立てる。
埃と湿った香りがする。
薄暗い礼拝堂のステンドグラスが虹色の光を放って、振り注ぐ。赤い絨毯の敷かれた一本道は、祭壇へと続いていた。
「今日のために、貸し切ったんだ。どうかな?」
「わぁ……ありがとうございます」
彼はこんなふうにサプライズを用意するのが、付き合った時から好きだった。目尻をゆるませながら、優しい瞳で私を見下ろしている。
手を繋ぎながら、ゆっくりと赤い絨毯の上を歩く。
祭壇まで辿り着くと、二人は向き合った。
「かおるさん」
彼は真剣なまなざしを向ける。
頭一つ背の高い彼は、私の肩に手を回して抱き寄せた。
「キス……してもいいかな」
甘い声が耳元に落ちる。
私が頬を熱くさせて小さく頷くと、先生はそっと唇を重ねる。
――私は目を閉じて、過去に思い馳せていた。
いつも先生と呼んでいたから。
すらりとした先生の指先には、エンゲージリングがある。
先生の節ばった細長い指が私は好きだった。
プラチナダイヤモンドがよりいっそう彼の指先の繊細さを際立たせている。
「僕と結婚してください」
低く穏やかな声。甘く優しい声音。
彼はニッコリと微笑んでいた。
私の手元には薔薇の花束が横たわっている。
「……はい」
何の迷いもなく、私は頷いた。
先生は、私の薬指にリングを丁寧にはめていった。
ダイヤモンドが陽の光を反射する。
「おいで」
彼の後ろを歩く。白いワンピースのすそがひらひらと潮風で揺れる。
「……教会?」
海辺の小さな教会は白い影を水面に映している。海鳥の鳴き声が教会につづく白い石段に落ちていった。波の音と共に、遥か遠くからさえずっては穏やかな日差しの中に消える。
先生は、教会の扉を開ける。ギイ……と、重たい音をゆっくり立てる。
埃と湿った香りがする。
薄暗い礼拝堂のステンドグラスが虹色の光を放って、振り注ぐ。赤い絨毯の敷かれた一本道は、祭壇へと続いていた。
「今日のために、貸し切ったんだ。どうかな?」
「わぁ……ありがとうございます」
彼はこんなふうにサプライズを用意するのが、付き合った時から好きだった。目尻をゆるませながら、優しい瞳で私を見下ろしている。
手を繋ぎながら、ゆっくりと赤い絨毯の上を歩く。
祭壇まで辿り着くと、二人は向き合った。
「かおるさん」
彼は真剣なまなざしを向ける。
頭一つ背の高い彼は、私の肩に手を回して抱き寄せた。
「キス……してもいいかな」
甘い声が耳元に落ちる。
私が頬を熱くさせて小さく頷くと、先生はそっと唇を重ねる。
――私は目を閉じて、過去に思い馳せていた。