指先の距離〜歯医者さんの名前が呼べなくて〜
 歯科医師の先生は、とても指先の綺麗な男性だった。
 すらりと細長い指は、男性らしく節ばってはいるが、なだらかなラインを描いている。
 爪は短く切りそろえらえ、縦に細長いCカーブ。
 白くなめらかな肌。

 ――その指先を初めて見た時のことが1枚の写真のように胸の中に残っている。

 かおるは家業の茶道教室を継いで、茶道家として細々と活動し、生計を立てていた。そんな中、区のボランティアスタッフとして毎月参加する茶道教室。
 新しく、一人の若い男性が参加した。


 (平日の昼間に……?)


 静かな男性だった。
 ――所作は細やかで繊細な動き。
 礼儀正しく正座をしながら、お茶を立てている。


 「……ぼくは、歯医者なんですよ。そこの」


 やがて教室終わりの世間話に混じって、彼は言う。
 近所の歯科医院の副院長。


 (斜向かいの……)


 平日休診日の水曜日。
 決まって彼は静かに現れた。


 「先生はほんとうにハンサムねぇ」


 目のシワを深く刻みながら白髪頭の田中さんは言う。


 「先生は紳士って言葉が似合うわよね〜あんな人と結婚してみたかった。立花先生もそう思いません?」

 「わ、私は……。先生は確かに素敵な人ですけども」


 つられて、かおるもいつのまにか「先生」と呼ぶ。


 「立花さん」


 ある日、先生は1枚のチラシを持ってかおるの顔を見つめる。そのまなざしが鋭く、かすかに肩を震わせた。


 「先生?」

 「この展覧会に行こうと思うんです。もし立花さんが参加されるなら、ご一緒してみたくて。いかがですか?」

 「そうですね……当日時間を合わせられたらお会いしましょうか?」

 「では、連絡先交換しましょうか」


 機械のような口調だが、どこか包み込むような声音。

 先生はスマホを胸ポケットから、そっと取り出した。
 一瞬、かおるの手が止まる。


 (いいのかな)


 一拍置いて私はスマホをショルダーバッグから取り出した。
 先生の指先は、器用な動きでスマホを操作をした。
 かおるはなぜかその手元から視線を外せなかった。


 「連絡しますね」


 先生は、微笑んだ。
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