財閥令嬢の私が、三つ子の不良御曹司に世界を教えられるなんて

黒龍

六月も半ばを過ぎた頃。



道明寺家から戻ってきた私は再びいつもの学校生活へ戻っていたのだけれど、以前とは少しだけ違うことがあった。



それは、世界が以前よりも少しだけ広く見えるようになったことだった。



道明寺家で過ごした十日間の間に、私は初めてショッピングモールへ行き、初めてフードコートで食事をし、初めて児童養護施設出身の子供たちと出会い、それまで知らなかった現実をたくさん知った。



だから最近は、クラスメイトたちの何気ない会話にも以前より耳を傾けるようになっていた。



その日の昼休みもそうだった。



私は陽菜と一緒に昼食を食べていたのだけれど、近くの席にいた女子生徒たちが妙に盛り上がっているのが気になってしまった。



「ねえねえ、昨日見た!?」



「見た見た!」



「やばかったよね!」



「黒龍の総長、本当にいた!」



私は首を傾げた。



黒龍。



聞いたことのない名前だった。



女子たちはまるで人気アイドルの話でもしているような熱量で騒いでいる。



「えっ、本当にイケメンだった?」



「イケメンなんてもんじゃないって!」



「背高いし!」



「オーラがやばい!」



私はとうとう気になってしまった。



「陽菜」



「ん?」



「黒龍って何?」



その瞬間。



陽菜が固まった。



周囲の女子たちも固まった。



なぜか全員が私を見る。



私は少し戸惑った。



「どうしたの?」


「えっ。」



陽菜が目を丸くする。



「六花、本当に知らないの?」



「うん。」



「マジで?」



「うん。」



陽菜は額を押さえた。



「さすがお嬢様……。」



「?」



そして陽菜は説明を始めた。



黒龍。



この地域で最も有名な暴走族。



若者の間では知らない人間はいないほどの存在。



そして総長は顔が良すぎることで有名らしい。



私はますます首を傾げた。



「暴走族なのに人気なの?」


「そこに引っかかる!?」



陽菜が思わず大声を出す。



周囲の女子たちも笑い始めた。



「普通そこは総長がイケメンってところに反応するんだって!」



「そうなの!?」


「そうなんです!」



私は最後までよく理解できなかった。



暴走族というのは怖い人たちの集まりではないのだろうか。



なぜそんな人たちが人気なのか。



世の中にはまだまだ私の知らないことがたくさんあるらしい。




その日の夜。



夕食を終えた私はいつものようにリビングでバイオリンの練習をしていた。



すると仕事を終えて帰宅した紫苑兄様がソファへ腰掛けながら言った。



「最近、黒龍の動きが少し活発らしい。」



私は演奏を止めた。



「あら。」



「黒龍って何ですか?」



紫苑兄様が固まる。



「六花、学校で何を聞いてきたんだ。」



「今日、陽菜さんたちが話していました。」



紫苑兄様は小さくため息を吐いた。



「都内最大級の暴走族だよ。」



私は思わず姿勢を正した。



暴走族。



やっぱりそうだったのだ。



「危険なんですか?」



「危険だ。」



即答だった。



「警察も手を焼いているらしい。」



私は少し怖くなった。



暴走族なんてテレビのニュースの中だけの存在だと思っていた。



それが同じ地域にいるなんて。



「でも六花には関係ない。」



紫苑兄様は優しく微笑む。



「そういう世界を知る必要はないよ。」



私は頷いた。



けれど。



不思議なことに。



そう言われると逆に気になってしまう。



黒龍とはどんな人たちなのだろう。



総長とはどんな人なのだろう。



少しだけ興味が湧いてしまった。





数日後。



私は庭園を散歩しながら優斗と話していた。



そこで何気なく黒龍の話題を出した。



「そういえば。」



「黒龍の総長ってイケメンらしいわね。」



その瞬間だった。



優斗の表情が変わった。



「関わるな。」



私は思わず足を止めた。



優斗にしては珍しい強い口調だった。



「え?」



「黒龍には近付くな。」



声が低い。



真剣だった。



私は驚いてしまう。



「どうして?」



「不良だからだ。」



優斗は短く答えた。



「でも私は会ったこともないのよ?」



「それでもだ。」



優斗は珍しく譲らない。



「六花。」



「はい。」



「絶対に関わるな。」



その目には本気の警戒心が宿っていた。



私は思わず頷く。



「わ、分かったわ。」



すると優斗は少しだけ安心したように息を吐いた。



しかし。



六花は知らない。



優斗が警戒している理由が単なる暴走族だからではないことを。



そして。



優斗も知らない。



その黒龍の総長と副総長と特攻隊長が、今まさに六花の結婚候補になっていることを。

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