「一家の恥」と言われた無能令嬢、隣国で伝説の力に目覚めたようです~嫁がされた先で好きに生きた結果、救国の王子妃と呼ばれていました~

プロローグ 方位磁針は聖女に呪われた王子を指し示す

『所詮は〝もどき〟だ』
『伝説の出(で)涸(が)らしが』
 王族だけが住むことを許される城の贅沢な部屋で、頭の中で鳴り響く雑音は今まで何度も何度も囁かれてきた平凡な嘲りだ。それが今は鐘の音のようにぐわんぐわんと反響する。
 気づけば当たり前のようにぶつけられてきた嘲りにも悪意にも慣れていた。私が何かをしたわけじゃない、むしろ〝何もできない〟ことを子どもの頃から責められた。

 ──幸運の女神を信仰するマリシア王国には伝説がある。三千年前、大型魔獣の群生していたこの地から魔獣を排し、大国と呼ばれるまでに繁栄させた聖女、別名〝幸運(パキラ)の聖女〟の伝説だ。

「欲しかったのだろう? 今日から君の物だ。飾るでも身につけるでも好きにしてくれ」
 ええ欲しかった欲しかったです。けれど何故(なぜ)それをご存じなのか、私が〝末(まつ)裔(えい)〟だからそう思われただけなのか。
 訝(いぶか)しげに眉をひそめる王子へ、震える顎で視線を上げる。脳の反響はやまず、全身から溢(あふ)れ出す夥(おびただ)しい汗が頬から顎にまで伝った。きっと酷(ひど)い顔だったのだろう。彼の眉間の皺が取れ、代わりに目を見開いた。つい直前までは歓喜で震えていた指が、今は全く別の理由で全身にまで及び出す。

 ──女神に加護を与えられた彼女は結界の内側に蔓延(はびこ)る魔獣を退治し、人々に幸運をもたらした。とある誇り高い意味を持つ植物の名になぞられパキラの聖女と呼ばれ、永遠の名声を得た。

「?! おい! しっかりしろ! どうした?! ッこんなこと一度もっ……!」
 膝から崩れる私を彼が受け止める。驚(きょう)愕(がく)に開かれた紫水晶のような瞳が、宝石のようで綺麗だとぼんやり思う。ああ、それにしてもなんていい人だろう。今まで私が倒れても転んでも手を差し伸べてくれる人なんていなかった。
〝悪魔〟だなんて聞いて呆(あき)れる。この人の手はこんなにも、温かい。

 ──パキラの聖女は最も高潔な一族に王位を任せ、自ら姿を消した。……なんて、それは大嘘だ。

「誰か!! 医者を呼べ!! ッ僕にではない! 〝パキラの聖女〟にだ!!」
 白く整った歯を剥(む)き怒鳴る彼に、肩を支えられながら床に座り込む。膝までべったりと床についてもまだ、足先まで震えている。それでも両手に握り締める方向磁針に、指が強(こわ)張(ば)り痛むほどに力がこもる。もう二度と、手放しはしない。
「しっかりしろ」と声をかけてくれる彼は、何故こんなにも親切なのだろう。……ああそうか、私が末裔だからか。けれどごめんなさい、私にはそんな力はなかった。ただ血が繋(つな)がっているだけで、聖女の子孫でしかない。

 ──〝パキラの聖女〟は暗殺された。他でもない、マリシア王国王家に。

 ……子孫でしかない、はずだった。
 私の名は、アリウム・フォルトゥーナ。マリシア王国の隣国であるケイオス王国に〝幸運〟を授けるべく輿(こし)入れした……〝パキラの聖女〟の末裔だ。
 けれど私には伝説のような力はなかった。天災厄災不幸続きで疲弊したケイオス王国への援助金代わりに、ちょうどいいのが私だっただけ。祖国でも出涸らしと言われ白い目で見られ事実上捨てられて、これはもうケイオス王国でも早々に役立たずだと最悪処分されるだろうと思っていた。そんな私に、まさかこんなことが起きるだなんて。
 私の人生にあるはずのない記憶の数々が流れ込んできた今、思い出した。あまりにも唐突に、己の全てを鮮明に。
 ──この私が〝パキラの聖女〟本家本元であることを──。
「……あンの恩知らずども…………」
「?! なんだ聞こえないぞ! もう一度言え!!」
 一度目の人生では王家に暗殺され、二度目の人生では国に売られるだなんて。
 肩を揺さぶる彼に呟(つぶや)きを拾われながら、汗は次第に引いていく。まさか、この私を暗殺したに飽き足らず、たかだか三千年で私の遺品を殆(ほとん)ど売っ払って今度は末裔まで隣国に売るなんて! しかもそれがこの私!!
 ぐぐ……と、手足にも力が入る。目まぐるしく溢れ返る記憶の波に心臓を委ねながら、身体(からだ)はむしろ軽くなる。血相を変えた医者が駆け寄ってくる中、鈍くなっていた聴覚も取り戻せたのか、使用人達の囁き声が耳へと入る。「呪いだ」の囁き声に、私を支えてくれていた彼の喉がゴクリと鳴らされた。医者へと委ねるように、それまで支えてくれていた力強い手が引いていく。震えもない、ただどこか怖々としたその大きな手が離れていく感触に。

 ガシッ、と。……今度はその手を、私が掴む。

「失礼いたします殿下、どうか今この一時の無礼と誓いをお許しください」
 ざわめきが、細(さざ)波(なみ)のように空気を揺らす。
 久々に笑ったせいか、口角を上げるだけでも違和感を覚えるほどに表情筋が攣(つ)った。それでも笑みを保ち続け、私はこの手の主へと視線を合わす。力の戻った手足でついていた膝を片方立て、彼に向き直る。若き王子であり、そしていずれ若き王となる人の手を握り締める。
「〝パキラの聖女〟の名にかけ、必ずや貴方(あなた)様に幸運を献上いたしますことを。どうかこの身に、殿下をお救いする栄誉をお授けください」
 片膝をつき、方向磁針を掴む手を胸に当て示し、忠誠をこの場で誓う。
 全てを思い出した。聖女の末裔であるアリウムとして生きてきた人生と、パキラの聖女ロレッカとしての誇りが私に満ちる。
 私個人の怨みなど後回しでいい。パキラの聖女の末裔として嘲笑われ呆れられ使い潰されてきた人生と、そしてパキラの聖女の魂。その両方を掬(すく)い上げ、取り戻させてくれた彼への恩義を返す。

 オロバス・ハルト・キースリング様。
 今日初めて出会った私の婚約者。悪魔とまで噂された、呪われし王子。

 パキラの聖女と呼ばれた私の誇りにかけて、この御方を不幸で終わらせはしない。
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