浮気相手の子を「育てろ」と押しつけられたので、罪のない少女は丁重に育てつつ、夫だけを優雅に制裁することにしました
「私たちの子として育てるように」
夫が見知らぬ子供の手を引いて帰ってきたとき、私はちょうど、薔薇園に面したサロンで刺繍をしていた。
針を持つ手は止めなかった。止める価値のある足音ではなかったからだ。
ジェラルドの靴音には、いつも微妙に勘に障る軽さがある。自分より大きなものに庇われて生きてきた人間特有の、地に足のつかない歩き方……は言い過ぎだろうか。
子爵という地位も、この屋敷も、そして私という妻も——彼が自分の力で得たものは、ひとつもない。それゆえの軽さと私は思っている。
「エレオノーラ。話がある」
声のするほうへ顔を上げる。
くすんだ亜麻色の髪に、榛色の瞳。中肉中背の、これといって特徴のない立ち姿。
美男でも醜男でもない、どこにでもいる男。
七年前、初めて引き合わされたときから、私はこの人に胸を高鳴らせたことが一度もない。家が決めた相手とは、得てしてそういうものだ。
夫の隣に痩せた女の子が立っていた。
歳は十になるかならないかだろう。
仕立ての悪い外套の裾から覗く膝は、節くれだって白い。
栗色の髪はきちんと梳かれてはいたが、それは今朝、誰かが慌てて整えたという種類の清潔さだった。
大きな目が、見知らぬ豪奢な部屋を怯えながら一周する。
その目の色は、――夫と違わぬ榛色だった。
女の子のその目が、私の刺繍枠の上で止まった。金糸で縫いかけの紋章の上で。
そろそろ母方の祖父母の結婚記念日なので、プレゼントに添えるハンカチを刺繍していたのだ。
「今日からこの子が、我が家の嫡子だ」
夫はそう言った。まるで、晩餐の献立でも告げるように簡単な一言で。
「私たちの子として育てるように。名はリーゼ。……私の、娘だ」
それから夫は、訊いてもいないのに言い訳がましく付け足した。
母親はもう亡くなっていること。
この子はずっと、聖アグネス孤児院で育てられていたこと。
——聖アグネス。
その名に私は針を握る指を止めた。
夫は気づかなかっただろう。けれど私の胸の内では、波紋がひとつ静かに広がっていた。
懐かしい名前だった。あの孤児院でシスターを務めているのは、私の学生時代の友人だ。
気高く、辛抱強く、決して嘘をつかない女。もし本当に彼女の手で育てられた子供なら——その人間性を、私は今、目の前のこの軽薄な男よりもずっと深く信用できる。
もちろん、夫はそんなことは知らない。自分が連れ帰ったこの子が、よりにもよって妻の旧友の庇護のもとで育ったことなど、想像すらしていない。
針を布に刺したまま置いた。
私たち夫婦の間に子はいなかった。
七年。私が産まなかったのではない。彼が留守がちで——いや、今はいい。とにかく、子はいなかった。
そこに、ある日突然、よその女が産んだ子供を据えるという。それも「育てよ」と命じる。妻の私に。伺いもせず、一方的な宣告として。
私は、この男のこういうところを心の底から軽蔑している。
けれど……私は女の子のほうを見た。
彼女は自分が今どれほど無作法な仕方で、他人の人生の中に放り込まれたのか、まるで理解していない顔をしていた。
ただ怯えているように見える。床の模様を数えるように俯いて、外套の裾を、小さな指でぎゅっと握りしめて。
——この子は、何も悪くない。
それだけは、はっきりしていた。
不快だった。腸が煮えるほど不快だった。
けれどその不快は、すべてこの軽薄な男に向けられたものであって、栗色の髪をした、榛色の目の、痩せた女の子に向けてはならない。
私は立ち上がった。絹のドレスの裾が衣擦れの音をたてる。
夫の肩がわずかに揺れた。怒鳴られると思ったのだろう。あるいは針山を投げられるとでも?
彼は本当に、私という人間を、七年経っても何ひとつ理解していない。
私は夫を一瞥もせず、女の子の前まで歩いて、膝を折った。彼女と目の高さを合わせるために。
「はじめまして、リーゼ」
できる限り、意図的に柔らかい声を出した。それは難しいことではなかった。彼女に向ける感情の中には、怒りは一滴も混じっていなかったから。
「私はエレオノーラ。この家の女主人です。……長い旅で疲れたでしょう。お腹は空いていない?」
女の子はようやく顔を上げた。私を見て、それから、背後に立つ父親を、不安そうに振り返る。
その仕草で、私はおおよそを察した。この子がこれまでどんな場所で、どんなふうに大人の顔色を窺って生きてきたのか。
孤児院にこの年まで預けられていたなら、仕方のないことだけれども。
私は彼女にもはっきりわかるように、微笑んだ。
「この人のことは、いいの。あなたは私とお話ししましょう」
背後で夫が何か言いかけた。
「エレオノーラ、私は」
「ジェラルド様」
静かに遮った。名前呼びの冷たさに、彼が息を呑むのがわかった。
そうよ。もうあなたを「旦那様」とは呼びたくないから。
「お話は後で伺います。たっぷりと。逃げないでくださいね」
それだけ言って、私は女の子の冷えた小さな手を取った。
この日のことを、私はきっと長く憶えているだろうと思った。
私の、静かで優雅な戦いが始まった日として。
針を持つ手は止めなかった。止める価値のある足音ではなかったからだ。
ジェラルドの靴音には、いつも微妙に勘に障る軽さがある。自分より大きなものに庇われて生きてきた人間特有の、地に足のつかない歩き方……は言い過ぎだろうか。
子爵という地位も、この屋敷も、そして私という妻も——彼が自分の力で得たものは、ひとつもない。それゆえの軽さと私は思っている。
「エレオノーラ。話がある」
声のするほうへ顔を上げる。
くすんだ亜麻色の髪に、榛色の瞳。中肉中背の、これといって特徴のない立ち姿。
美男でも醜男でもない、どこにでもいる男。
七年前、初めて引き合わされたときから、私はこの人に胸を高鳴らせたことが一度もない。家が決めた相手とは、得てしてそういうものだ。
夫の隣に痩せた女の子が立っていた。
歳は十になるかならないかだろう。
仕立ての悪い外套の裾から覗く膝は、節くれだって白い。
栗色の髪はきちんと梳かれてはいたが、それは今朝、誰かが慌てて整えたという種類の清潔さだった。
大きな目が、見知らぬ豪奢な部屋を怯えながら一周する。
その目の色は、――夫と違わぬ榛色だった。
女の子のその目が、私の刺繍枠の上で止まった。金糸で縫いかけの紋章の上で。
そろそろ母方の祖父母の結婚記念日なので、プレゼントに添えるハンカチを刺繍していたのだ。
「今日からこの子が、我が家の嫡子だ」
夫はそう言った。まるで、晩餐の献立でも告げるように簡単な一言で。
「私たちの子として育てるように。名はリーゼ。……私の、娘だ」
それから夫は、訊いてもいないのに言い訳がましく付け足した。
母親はもう亡くなっていること。
この子はずっと、聖アグネス孤児院で育てられていたこと。
——聖アグネス。
その名に私は針を握る指を止めた。
夫は気づかなかっただろう。けれど私の胸の内では、波紋がひとつ静かに広がっていた。
懐かしい名前だった。あの孤児院でシスターを務めているのは、私の学生時代の友人だ。
気高く、辛抱強く、決して嘘をつかない女。もし本当に彼女の手で育てられた子供なら——その人間性を、私は今、目の前のこの軽薄な男よりもずっと深く信用できる。
もちろん、夫はそんなことは知らない。自分が連れ帰ったこの子が、よりにもよって妻の旧友の庇護のもとで育ったことなど、想像すらしていない。
針を布に刺したまま置いた。
私たち夫婦の間に子はいなかった。
七年。私が産まなかったのではない。彼が留守がちで——いや、今はいい。とにかく、子はいなかった。
そこに、ある日突然、よその女が産んだ子供を据えるという。それも「育てよ」と命じる。妻の私に。伺いもせず、一方的な宣告として。
私は、この男のこういうところを心の底から軽蔑している。
けれど……私は女の子のほうを見た。
彼女は自分が今どれほど無作法な仕方で、他人の人生の中に放り込まれたのか、まるで理解していない顔をしていた。
ただ怯えているように見える。床の模様を数えるように俯いて、外套の裾を、小さな指でぎゅっと握りしめて。
——この子は、何も悪くない。
それだけは、はっきりしていた。
不快だった。腸が煮えるほど不快だった。
けれどその不快は、すべてこの軽薄な男に向けられたものであって、栗色の髪をした、榛色の目の、痩せた女の子に向けてはならない。
私は立ち上がった。絹のドレスの裾が衣擦れの音をたてる。
夫の肩がわずかに揺れた。怒鳴られると思ったのだろう。あるいは針山を投げられるとでも?
彼は本当に、私という人間を、七年経っても何ひとつ理解していない。
私は夫を一瞥もせず、女の子の前まで歩いて、膝を折った。彼女と目の高さを合わせるために。
「はじめまして、リーゼ」
できる限り、意図的に柔らかい声を出した。それは難しいことではなかった。彼女に向ける感情の中には、怒りは一滴も混じっていなかったから。
「私はエレオノーラ。この家の女主人です。……長い旅で疲れたでしょう。お腹は空いていない?」
女の子はようやく顔を上げた。私を見て、それから、背後に立つ父親を、不安そうに振り返る。
その仕草で、私はおおよそを察した。この子がこれまでどんな場所で、どんなふうに大人の顔色を窺って生きてきたのか。
孤児院にこの年まで預けられていたなら、仕方のないことだけれども。
私は彼女にもはっきりわかるように、微笑んだ。
「この人のことは、いいの。あなたは私とお話ししましょう」
背後で夫が何か言いかけた。
「エレオノーラ、私は」
「ジェラルド様」
静かに遮った。名前呼びの冷たさに、彼が息を呑むのがわかった。
そうよ。もうあなたを「旦那様」とは呼びたくないから。
「お話は後で伺います。たっぷりと。逃げないでくださいね」
それだけ言って、私は女の子の冷えた小さな手を取った。
この日のことを、私はきっと長く憶えているだろうと思った。
私の、静かで優雅な戦いが始まった日として。
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