その声が聞きたくて
01

念願の本社勤務は…!


私ーー白石 美月(しらいし みづき)。大学を卒業後、倉橋製薬に入社して八年目になる。同期の女性社員は、結婚して退職したり、育休や産休を取得している。復帰して、ワーママとして忙しい日々を過ごしている人もいる。そんな中で、私は結婚どころか彼氏もいない。
私はひたすら、仕事だけを頑張ってきた。弊社は、全国各地に支社があり、数年ごとに転勤が訪れる総合職として今日まで頑張ってきた。

そう、過去のことである。
私は、今日から晴れて本社勤務になったのだ。
引っ越しを伴う転勤で、荷解きはつい一昨日終わったばかり。以前の支社で使っていた事務用品を段ボールに詰め込み、【特殊対応課】のフロアへと向かった。

ところで、特殊対応課とは何なのだろう。聞いたことがない部署。働き方改革で、社員一人一人の負担が減るよう、業務が細分化されたという話は聞いていた。だから、知らない部署があるのも当然ーーそう思っていた。

この時までは。

「…は?」

特殊対応課は、高層自社ビルの地下にある。警備員の入門チェックを終え、中へ入るとみんな華々しい。いかにも、仕事ができますって感じの人ばかりで、私もみんなの仲間入りができたのだと思っていた。
特殊対応課のフロアを見るまでは。

地下は、大きなガラスから、太陽の光が差し込んでいた受付があるフロアとは違い、切れかかっている古びた蛍光灯。そもそも、人の気配がない。

思わず、ため息混じりに声が出てしまった。

「もしかして…ここ?」

カツカツと私のヒールの音だけが響く廊下。しばらく歩いていると、A 4用紙にマジックで【特殊対応課】と書かれた部屋があった。
中を覗くと、電気すらついていない。薄暗く、何も見えない。
壁に手を当て、手探りで当たったスイッチを押すと、パチと音を立てて数秒してから明かりがついた。

「う…嘘、でしょ…!?」

部屋が明るくなると、そこは綺麗なオフィスとは程遠い古びた場所だった。
これが…これが、私の憧れていた本社勤務…!?
驚きを隠すことができなかった。
更に、驚いたのがーー。

「…何これ」

人が使っている形跡のないデスクに、とりあえず段ボールを置くと、手書きのメモがあり、内容を確認する前に声が出た。

そこには、【特殊対応課、責任者の久世です。申し訳ないのですが、前任の課の関係でまだそちらへ向かうことができません。何かあれば、電話ください】と、達筆な字で書かれていた。
何かあれば…って。

分かることなんて、あるわけないじゃない!?
そもそも、この場所って何をするところなの? 人の気配なんてないし…! あと、埃っぽい…!
不満が頭の中につらつらと並び、スマホの電源をつけて書かれている番号を押して、スマホに耳を当てた。

呼び出し音が三回鳴ると「はい、久世です」と低音だが、感じの良さそうな三十代半ばくらいの男性の声が聞こえた。

い…良い声… 低く穏やかな声だった。
初めて聞く声なのに、不思議と肩の力が抜ける…って、そうじゃなくて。

「お疲れ様です。特殊対応課の白石です」
『お疲れ様です、白石さん。配属初日にこのような事になってしまい、申し訳ありません』

優しく、包み込んでくれるような落ち着きのある声に心拍数が勝手に早くなっていった。

「い…いえ。前任の課で何かあるようでしたら、仕方ありません」
『そう言ってもらえると助かります』
「あの、私…特殊対応課って存じ上げなくて。業務内容を教えてもらえませんか? あと、デスクはどこを使ったら…? それに、他の人が見当たらないのですか…」

よく分からない場所に一人で不安で、優しそうな上司につい矢継ぎ早に質問をした。

『特殊対応課の業務内容は、そうですねーー今のところは、地下で保管している書類の整理をしてもらえれば、助かります。デスクは好きなところを使ってください。特殊対応課のフロアの中にあるデスクなら、どれを使ってもらっても構いません。それと、人員配置ですが、私と白石さんの二人で構成されます』

私がした質問に対し、そう答えてくれる久世さん。
しかし、その内容は聞き直したくなるレベルだった。

仕事内容は理解できなかった。
でも、不思議とあの声だけは耳に残った。

どう電話を切り上げたか覚えていないが、通話はいつの間にか終わっていた。
ただ、上司が優しそうで良い声という情報は得られた。

私が夢見た本社勤務だったけれど、窓際部署のよう。
私ーー会社にとって、そんなに悪いことをした…?

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