金木犀の奏鳴曲(ソナタ)
Prolog
「調律を教えてほしい」

若造が工房の事務所を訪ねてきたのは、2月末だった。

目深に被ったワークキャップを脱ぎ、着ていた濃紺で膝下丈のコートと大判ストールをサッと脱ぐと腕に掛け、丁寧に頭を下げた。

事務員をしている娘は、細身で華奢、眉目秀麗な若造に、やけにソワソワと落ち着きがなかった。

数日前。

若造はご丁寧に電話をかけてきて、面接の予約を入れてきた。

椅子にかけさせると机に、サッと履歴書に就労ビザを添えて差し出した。

流れるような美しい文字に「あっ」と声が漏れた。

ウィーン王立音楽大学の留学生という肩書きに、冗談かと目を疑った。

「周桜詩月?」

周桜の名前に、若造の顔をじっと観た。

「あのピアニスト、周桜……」

「周桜宗月は父です」

ポツリと呟いた。

「何故、調律を学びたいんだ?」

単刀直入に訊ねた。




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