愛とか恋とかウザいので
その後、身支度を済ませた萌依は、蒼弥と買い物に出掛けた。
行き先の確認はしていなかったけど、なんとなく前回と同じようなセレクトショップで買い物をするものだと思い込んでいた萌依は、彼の運転する車が高速道路のレーンに入って驚いた。
「どこに行くんですか?」
「千葉」
ハンドルを握る蒼弥は、なんてことない調子で答える。
なんでも萌依の身支度を待っている間にネット検索をしていたところ、良さげな食器を取り扱う店を発見したのだと言う。
蒼弥が口にした店名を検索すると、北総の小京都とも言われている千葉県の観光地が出てきた。
店のホームページには、確かに素敵な食器が紹介されている。
だけど観光客をメインターゲットにしている店のようなので、旅行のついでに立ち寄るならともかく、普段使いの食器を求めて足を伸ばすような場所ではないように思えた。
「もっと近場でもいいんじゃないですか?」
「俺との遠出は不満か?」
助手席で一通りの検索を済ませた萌依が言うと、蒼弥が言う。
もちろん、そういうわけではない。
「このお店、和風の食器がメインのようですよ。それにドレスも買いに行くんですよね?」
料理に合わせた盛り付けをするため、どうせなら、様々なバリエーションの食器を選びたい。
それに今日の買い物のメインは、萌依のドレスを買うことだ。千葉まで足を伸ばすと、その後が大変になるのではないだろうか。
萌依としては、忙しい蒼弥を思っての発言なのだけど、彼はそれを違った意味に受け取る。
「なるほど。それなら、異なるバリエーションの食器は、後日またふたりで買いに行こう。ドレスに関しても、パーティーまでまだ時間があるから、どうしても今日揃えなくてはいけないというわけじゃない」
だから今日は是非千葉まで足を伸ばし、そのついでに観光も楽しもうと蒼弥は言う。
そうなると、買い物ではなく、まるでデートだ。
(もしかして、出掛ける口実がほしくて私を誘ったのかな?)
一緒に暮らし始めて日が浅いので知らなかっただけで、蒼弥は、休日は遠出して気分をリフレッシュさせるタイプの人なのだろうか。
それなら萌依が、それを断る理由はない。
「わかりました。じゃあ、目的地に着くまでに、お勧めの観光名所をチェックしておきます」
助手席の萌依は、そのままスマホを操作していく。
蒼弥が行こうと誘ってくれた店は、千葉県の佐原市にあり、江戸時代のような風情ある町並みをしている。
古くから水運の町として栄えた場所で、歴史的建造物も多く残され、それを利用した店も多く建ち並ぶ。
「古民家を利用した素敵なレストランもあるし、甘味処もあるありますよ。それに、川を利用した観光遊覧船もあるみたいです」
「いいね」
ハンドルを握る彼のために、萌依がネットのレビューなどを読み上げていくと、蒼弥が柔らかく微笑む。
「えっと、もしかして蒼弥さん、私のために誘ってくれました?」
萌依に向ける優しさに溢れた蒼弥の横顔に、萌依は胸に浮かんだ思いを、そのまま言葉にした。
「どうしてそう思う?」
一瞬だけこちらに視線を向けた蒼弥が、不思議そうな顔をする。
「私が、かなり楽しみになっているので」
育った環境も手伝って、萌依はあまり旅行や観光といったレジャーを楽しんでこなかった。
そのためか、こうやってあれこれ情報を見ていると子供のようにワクワクしてしまう。
そんな萌依の様子を見て、蒼弥がうれしそうにするので、ついそんな考えが頭をよぎったのだ。
「俺が無理をして人のために動くと思うか?」
蒼弥が聞く。
「確かに。蒼弥さんはいつも、自分中心に生きていますものね」
それは決して悪口ではない。
自分の心とは一生付き合って行かなくてはいけないのだからと、蒼弥はいつも自分の感情と真摯に向き合っている。
彼のその人柄を知る萌依としては、最大限の褒め言葉のつもりだ。
そしてその思いは、蒼弥にちゃんと届いたらしい。そういうことだと、強気な笑みを添えて頷く。
「俺が萌依と萌依を出掛けたいと思ったから誘っただけだ。……でも、だからこそありがとう」
「え?」
思いがけないタイミングの礼に、萌依は瞬きをした。
「俺は自分がそうしたくて萌依を連れだしただけだが、それを楽しみだと言ってくれてうれしいよ」
「そんなの、お礼を言うようなことじゃないですよ」
「お礼を言うべきことだ。人の心は、ままならないからな」
人の心は、ままならない。――蒼弥のように全てが完璧で、常に強気に生きている人でも、そんなふうに思うことがあるのだと驚かされる。
(でも、本当にそのとおりだ)
蒼弥の何気ない一言が、萌依の心に、ストンと形よく収まる。
自分自身を含めて、人の感情をコントロールすることなんて、きっと誰にもできないことなのだろう。
そう思うと急に自分の鼓動が早くなったような気がして、萌依は胸のあたりに掛かるシートベルトを強く握りしめた。
運転に意識を集中させる蒼弥は、萌依のその動きに気付くことなく話を続ける。
「俺たちの関係は、愛のない契約結婚が前提だ。それでも俺は、できるだけ萌依と友好的な関係になれたらと思っている」
「わ、私も、せっかくなら蒼弥さんと仲良く暮らしていきたいと思います」
「そう。よかった」
しみじみとした口調で呟き、蒼弥は目尻に柔らかな皺を刻む。
蒼弥が言いているの、同居人である萌依と、ストレスなく友好的な関係を築きたいというだけのことだ。
それは頭ではわかっているのだけど、何気ない会話の際に見せる彼の表情が魅力的なせいでついドキドキしてしまう。
(私、蒼弥さんのことが好きなんだ)
ここしばらく彼と一緒にいると心が浮き立っていた理由を、萌依は今更ながらに理解した。
萌依としてはそれは、自分たちの関係は契約結婚なのだからと、あえて気付かないようにしていた感情だった。
でも蒼弥とこうして過ごしていると、ついに目が逸らせなくなっていく。
そうなると、萌依のそんな想いを知らない蒼弥が、親しげに接してくるのが恨めしい。
まるで本当の恋人のように萌依に接してくる蒼弥の態度は、目的に到着てからも変わらなかった。
一緒にお店を覗きながら町を歩き、ふたりで相談して食器を選び、食事をした後は、せっかく来たのだからと遊覧船にも乗った。
船に乗るとき、先に乗船した蒼弥は、「揺れるから」と萌依に手を差し伸べてくれた。
萌依がその手を握って乗船すると、蒼弥はなぜだかその後も繋いだ手を離そうとはしなかった。
そのまま手を繋いで、船に並んで座り、川から見る川岸の景色を眺めて口々に感想言いあう。
蒼弥からすれば、繋いだ手を離さないのは、萌依を女性として意識してないからこそこの振る舞いだ。
だけど萌依は違う。
自分の手を軽々と包み込んでしまう彼の手の大きさにも、触れる腕から伝わる彼の体温にも、彼が愛用している香水の森林のような香りにもドキドキしてしまう。
(私は、蒼弥さんに恋をしている)
萌依は、彼の隣で改めて自分の恋心を自覚する。
亨介から手酷い裏切りを受け、もう恋なんてしないと心に決めたはずなのに。
転職して仕事に打ちこんで、結果、その頑張りを認められて社長秘書を任されるまでになった。
そして蒼弥が萌依に契約結婚を提案したのだって、萌依が愛も恋もお断りと宣言していたからだ。
だから今更彼を好きになるなんて、裏切り以外のなにものでもない。
それならせめて、この気持ちは萌依の心の内だけに留めておこう。萌依は自分にそう言い聞かせた。
行き先の確認はしていなかったけど、なんとなく前回と同じようなセレクトショップで買い物をするものだと思い込んでいた萌依は、彼の運転する車が高速道路のレーンに入って驚いた。
「どこに行くんですか?」
「千葉」
ハンドルを握る蒼弥は、なんてことない調子で答える。
なんでも萌依の身支度を待っている間にネット検索をしていたところ、良さげな食器を取り扱う店を発見したのだと言う。
蒼弥が口にした店名を検索すると、北総の小京都とも言われている千葉県の観光地が出てきた。
店のホームページには、確かに素敵な食器が紹介されている。
だけど観光客をメインターゲットにしている店のようなので、旅行のついでに立ち寄るならともかく、普段使いの食器を求めて足を伸ばすような場所ではないように思えた。
「もっと近場でもいいんじゃないですか?」
「俺との遠出は不満か?」
助手席で一通りの検索を済ませた萌依が言うと、蒼弥が言う。
もちろん、そういうわけではない。
「このお店、和風の食器がメインのようですよ。それにドレスも買いに行くんですよね?」
料理に合わせた盛り付けをするため、どうせなら、様々なバリエーションの食器を選びたい。
それに今日の買い物のメインは、萌依のドレスを買うことだ。千葉まで足を伸ばすと、その後が大変になるのではないだろうか。
萌依としては、忙しい蒼弥を思っての発言なのだけど、彼はそれを違った意味に受け取る。
「なるほど。それなら、異なるバリエーションの食器は、後日またふたりで買いに行こう。ドレスに関しても、パーティーまでまだ時間があるから、どうしても今日揃えなくてはいけないというわけじゃない」
だから今日は是非千葉まで足を伸ばし、そのついでに観光も楽しもうと蒼弥は言う。
そうなると、買い物ではなく、まるでデートだ。
(もしかして、出掛ける口実がほしくて私を誘ったのかな?)
一緒に暮らし始めて日が浅いので知らなかっただけで、蒼弥は、休日は遠出して気分をリフレッシュさせるタイプの人なのだろうか。
それなら萌依が、それを断る理由はない。
「わかりました。じゃあ、目的地に着くまでに、お勧めの観光名所をチェックしておきます」
助手席の萌依は、そのままスマホを操作していく。
蒼弥が行こうと誘ってくれた店は、千葉県の佐原市にあり、江戸時代のような風情ある町並みをしている。
古くから水運の町として栄えた場所で、歴史的建造物も多く残され、それを利用した店も多く建ち並ぶ。
「古民家を利用した素敵なレストランもあるし、甘味処もあるありますよ。それに、川を利用した観光遊覧船もあるみたいです」
「いいね」
ハンドルを握る彼のために、萌依がネットのレビューなどを読み上げていくと、蒼弥が柔らかく微笑む。
「えっと、もしかして蒼弥さん、私のために誘ってくれました?」
萌依に向ける優しさに溢れた蒼弥の横顔に、萌依は胸に浮かんだ思いを、そのまま言葉にした。
「どうしてそう思う?」
一瞬だけこちらに視線を向けた蒼弥が、不思議そうな顔をする。
「私が、かなり楽しみになっているので」
育った環境も手伝って、萌依はあまり旅行や観光といったレジャーを楽しんでこなかった。
そのためか、こうやってあれこれ情報を見ていると子供のようにワクワクしてしまう。
そんな萌依の様子を見て、蒼弥がうれしそうにするので、ついそんな考えが頭をよぎったのだ。
「俺が無理をして人のために動くと思うか?」
蒼弥が聞く。
「確かに。蒼弥さんはいつも、自分中心に生きていますものね」
それは決して悪口ではない。
自分の心とは一生付き合って行かなくてはいけないのだからと、蒼弥はいつも自分の感情と真摯に向き合っている。
彼のその人柄を知る萌依としては、最大限の褒め言葉のつもりだ。
そしてその思いは、蒼弥にちゃんと届いたらしい。そういうことだと、強気な笑みを添えて頷く。
「俺が萌依と萌依を出掛けたいと思ったから誘っただけだ。……でも、だからこそありがとう」
「え?」
思いがけないタイミングの礼に、萌依は瞬きをした。
「俺は自分がそうしたくて萌依を連れだしただけだが、それを楽しみだと言ってくれてうれしいよ」
「そんなの、お礼を言うようなことじゃないですよ」
「お礼を言うべきことだ。人の心は、ままならないからな」
人の心は、ままならない。――蒼弥のように全てが完璧で、常に強気に生きている人でも、そんなふうに思うことがあるのだと驚かされる。
(でも、本当にそのとおりだ)
蒼弥の何気ない一言が、萌依の心に、ストンと形よく収まる。
自分自身を含めて、人の感情をコントロールすることなんて、きっと誰にもできないことなのだろう。
そう思うと急に自分の鼓動が早くなったような気がして、萌依は胸のあたりに掛かるシートベルトを強く握りしめた。
運転に意識を集中させる蒼弥は、萌依のその動きに気付くことなく話を続ける。
「俺たちの関係は、愛のない契約結婚が前提だ。それでも俺は、できるだけ萌依と友好的な関係になれたらと思っている」
「わ、私も、せっかくなら蒼弥さんと仲良く暮らしていきたいと思います」
「そう。よかった」
しみじみとした口調で呟き、蒼弥は目尻に柔らかな皺を刻む。
蒼弥が言いているの、同居人である萌依と、ストレスなく友好的な関係を築きたいというだけのことだ。
それは頭ではわかっているのだけど、何気ない会話の際に見せる彼の表情が魅力的なせいでついドキドキしてしまう。
(私、蒼弥さんのことが好きなんだ)
ここしばらく彼と一緒にいると心が浮き立っていた理由を、萌依は今更ながらに理解した。
萌依としてはそれは、自分たちの関係は契約結婚なのだからと、あえて気付かないようにしていた感情だった。
でも蒼弥とこうして過ごしていると、ついに目が逸らせなくなっていく。
そうなると、萌依のそんな想いを知らない蒼弥が、親しげに接してくるのが恨めしい。
まるで本当の恋人のように萌依に接してくる蒼弥の態度は、目的に到着てからも変わらなかった。
一緒にお店を覗きながら町を歩き、ふたりで相談して食器を選び、食事をした後は、せっかく来たのだからと遊覧船にも乗った。
船に乗るとき、先に乗船した蒼弥は、「揺れるから」と萌依に手を差し伸べてくれた。
萌依がその手を握って乗船すると、蒼弥はなぜだかその後も繋いだ手を離そうとはしなかった。
そのまま手を繋いで、船に並んで座り、川から見る川岸の景色を眺めて口々に感想言いあう。
蒼弥からすれば、繋いだ手を離さないのは、萌依を女性として意識してないからこそこの振る舞いだ。
だけど萌依は違う。
自分の手を軽々と包み込んでしまう彼の手の大きさにも、触れる腕から伝わる彼の体温にも、彼が愛用している香水の森林のような香りにもドキドキしてしまう。
(私は、蒼弥さんに恋をしている)
萌依は、彼の隣で改めて自分の恋心を自覚する。
亨介から手酷い裏切りを受け、もう恋なんてしないと心に決めたはずなのに。
転職して仕事に打ちこんで、結果、その頑張りを認められて社長秘書を任されるまでになった。
そして蒼弥が萌依に契約結婚を提案したのだって、萌依が愛も恋もお断りと宣言していたからだ。
だから今更彼を好きになるなんて、裏切り以外のなにものでもない。
それならせめて、この気持ちは萌依の心の内だけに留めておこう。萌依は自分にそう言い聞かせた。