レディ・マーメイド
服や化粧品など身の回りのものをまとめて、樹莉は黒木と一緒にロイヤルクレストに戻った。

「お帰りなさいませ、樹莉さま。お仕事お疲れ様でした」
「ただいま、神谷さん」

部屋で私物を片づけていると、神谷が樹莉に提案する。

「今夜は亜紋さまがまだ本社からお戻りではないのです。樹莉さま、よろしければナイトプールに行きませんか? プールサイドに夕食をご用意いたします」
「わあ、すてき!」

目を輝かせる樹莉に、神谷も嬉しそうに頷く。

せっかくだからと神谷は樹莉に、エメラルドグリーンのホルターネックのビキニとハイビスカス柄のロングパレオを用意し、樹莉の髪もポニーテールに結ってから屋上のガーデンプールに向かった。

月明かりに照らされたガーデンプールは花と緑に囲まれ、他には誰もおらず静かに虫達の声が聞こえてくる。

照明はほとんどなく、水中からブルーにライトアップされているのが幻想的だった。

「なんだか現実とは思えないです。どこかの南国にワープしたみたい」

樹莉は声を潜めて神谷を振り返る。

「ふふっ、それはよかったです。お手軽な海外旅行ですね」
「ほんと」

二人で笑い合い、プールサイドの白いパラソルの下でナシゴレンやガーリックシュリンプ、ジャークチキンに舌鼓を打った。

「はあ、美味しい。もう本当にリゾート気分」
「樹莉さま、寒くないですか?」
「大丈夫です。梅雨も明けてすっかり暑くなったし。せっかくだからプールに入ろうかな」
「ええ、ぜひ。フロートも色んな種類がありますよ。おすすめはドリンクホルダーが付いたリクライニングベッドです」
「すごい、そんなのがあるんですか?」
「はい。今お持ちしますね」

わくわくしながら待っていた樹莉は、やがて戻って来た神谷を見て驚く。

神谷は、オーロラのような色合いのパールホワイトのシェル型フロートを手にしていた。

「か、神谷さん!? それは一体?」
「樹莉さまにぜひこれに乗っていただきたくて。さあ、どうぞ」

プールの端に浮かべたフロートを両手で押さえながら、神谷が樹莉を促す。

「ほんとにこれに?」

確かにドリンクホルダーがあるリクライニングベッドだが、大きな貝殻に包まれているとは思わなかった。

なんだか恥ずかしいが、周りに誰もいないのをいいことに、樹莉は試しに乗ってみることにした。

「神谷さん、押さえててね」
「もちろんですわ」

大きなフロートの真ん中にそっと座ると、神谷が「まあ、貝殻の中の人魚姫みたい!」と目を細める。

「いや、あの、砂浜に打ち上げられたアザラシみたいな気分なんですけど」
「とんでもない、とってもすてきですよ。樹莉さま、トロピカルドリンクをホルダーに載せますね。リクライニングも倒しましょうか? あ、その前に写真を撮らなきゃ!」

神谷はなにやら嬉々としてあれこれと動き回る。

「ドリンクを片手に、はいポーズ! 足は横に流して座ってください。そう!」

カシャカシャとスマートフォンで撮影する神谷に、樹莉は苦笑いを浮かべた。

けれどいざふわふわとプールに漂うと、心地よさにうっとりする。

シートにもたれ、パイナップルが飾られたドリンクを飲みながら、のんびり夜空を見上げた。

頬をなでる夜風は少しひんやりして気持ちがいい。

目を閉じると、穏やかな波の動きが感じられた。

心も身体も開放し、大きく息をついてリラックスする。

時間も忘れて樹莉はただ自然の中に身を委ねていた。
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