南の島から
第一章、タイムスリップ
―――どうしてこんなことになったのだろう。全ては、あの不思議なマジックのせいだ。




放課後。私は同級生の子達と他愛ない話をしながら歩いていた。
午後の数学はやたら眠くなるとか、購買のカレーパンは辛いとか、最近駅前にオープンしたばかりの服屋さんとか。
世の中には安くて可愛い服が山ほど溢れていて、万年金欠である学生の私達でも流行を追うことはできるけど、「やっぱり違うよねー」と友人の一人は言った。
「服屋さんで選んで試着してる時は楽しいのに、家に帰っていざ着てみると、そうでもないっていうか。なんか違うんだよね。まるで魔法みたいに解けちゃうんだよ」
そうぼやく友達の隣で、私は空を眺めていた。
その時、にぎやかなお喋りの隙間を縫うようにして、微かに、本当に微かに、ひゅるりとした笛の音が聞こえてきた。
(お祭り?)
お喋りに夢中な友達は、お祭りの笛に気づいていない。
やがて公園が見えて来た。立ち並ぶビルにぐるりと囲まれた公園に、駆け足の子供達が吸い込まれていく。
「わ、お祭りなんてやってたんだー」
「ねー、寄ってみよ」
「ほら、未明(みめい)も」
​私の返事を待たずに、友達が振り返って私の手を掴む。ぐいっと引っ張られるまま、私たちは吸い込まれるように公園の中へと走っていった。
いつしか私達は人混みの中にいた。
香ばしい焼きとうもろこしの匂い、色鮮やかなりんご飴、雲のようなわたあめ、水面で揺れるヨーヨー釣り。たくさんの屋台がひしめき合う広場の真ん中で、鉢巻きを巻いた男が、芝居がかったダミ声を張り上げて観客を煽っている。
「さぁ、お立ち会い、お立ち会い」
​どうやら実演販売の人のらしく、彼が声を張り上げて紹介しているのは『ガマの油』だった。説明によると、江戸時代から伝わる万能の薬らしい。
どうせ中身は子供騙しと分かっていながらも、何故か騙されてみたくなる。むしろ騙されなければ損だというお祭りの高揚感に、私は魅入ってしまっていた。
「さぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。今世紀最大の奇術ショーなのだよ〜!」
様々な大道芸人が賑わすなか、ひときわ大きな人だかりを作っている男性。
えんじ色の燕尾服(えんびふく)に左目の片眼鏡、光の角度によっては青にも紫にも見える、不思議な瞳の色をしている。まるで、この世界のものではないような浮世離れした佇まいだった。
「ご覧頂きますのは、入れた物を過去に飛ばせてしまうという摩訶不思議(まかふしぎ)なこの箱。どこに飛ばされるのか、そもそも日本なのかは分かりません。どなたか、中に入ってみたいよーという方はいらっしゃいませんか〜?」
​うさんくさい、けれど強烈に惹きつけられるその言葉に、集まった見物客たちがざわざわと色めき立つ。
「誰が行くんだよ」「サクラじゃないの?」と、大人達のひそひそ話が聞こえる。
男性はキョロキョロと観客を見渡し、私と目が合った。
​私の硬直を察知したのか、男性の口元が、ニッと三日月のように細められた。
まるで、獲物を見つけた狩人のような、あるいはすべてを見透かしているかのような悪戯っぽい笑み。
「はい、そこの可愛らしいお嬢さん!舞台の方に上がっておいで〜」
周囲の人々が一斉に私の方を向いた。
「未明、やったじゃん!」
「すごーい!後で感想教えてね〜」
​隣にいた友達は、事の重大さも知らずにワイワイとはしゃぎ、楽しそうに私の背中を小突く。
周囲の熱狂とノリに置いてけぼりにされ、私は完全に狼狽えていた。嫌だ、と首を振ることもできず、ただただ固まる。
「おやー、来てくれないのかい?大丈夫、安全に帰れるよ」
人々に押されるように前へ進んでいく。気づいたら、舞台の上に立たされていた。
「この箱の中に入ってほしいのだよ。そうそう、ゆっくり〜。怪我したら大変だからね」
​促されるまま、私は木箱へと一歩を踏み出す。
間近で見るそれは、表面の塗装が剥げかけ、至る所に細かな傷が刻まれていた。
本当に何百年も前の歴史を吸い込んできたかのような、不気味な重厚感がある。
箱の蓋が開けられると、中からひんやりとした、地下室のような冷たい空気が這い出してきた。
これが終わったすぐ帰ろう。そう思って、私は目を閉じた。
< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop