大尻さん
高校に入ったばかりの6月の或る日、植村幸義は学校で放課後、帰宅しようとしたら、いきなり3人の女子が席にやってきた。
小中高時代にひどいいじめに遭ったことで、彼女どころか同性の友人もいない、あまり人と接することがなく、人が苦手になっていた彼は、何かまずいことでもしたかと最初は怯えたが、3人のうちの1人、大尻麻紀子が、
「はい、これ……」
いきなり箱に入ったゲームソフトを差し出してきた。
 特に包装もされてないからすぐに中身はわかった。当時大人気であったゲームソフトで、どこに買いに行ってもすぐに売り切れて、なかなか手に入らないことで知られたゲームだった。
「これはいったい……」
幸義は戸惑ったが、麻紀子の両脇にいた女子たちが説明した。
「これをあげるために、麻紀子は頑張ったんだ。恥ずかしかったけど、植村君にプレゼントしたいんだってね。あたしたちも付き合ったけど」
「……」
聞けば彼女たちはテレビ番組に秘かに出場していたという。それは「靴下脱がし合いレスリング」という夕方にテレビで毎週放送されていたバラエティー番組の一コーナーで、一般視聴者が応募して参加出来るコーナーだった。チームごとに色違いのトレーナーと、ミニスカートのユニフォームを着た3人1チームの少女たちが、丸いマットの上で制限時間内にいくつ相手のチームの靴下を脱がすかを競うというものだった。勝ち抜いた週の数によって獲得賞品が決められていた。言うまでもないが、世にいうパンチラが期待されているコーナーであった。一応、アンダースコートをはくように決まっていたのだが、それでも視聴者の目をひきつけたことは疑いない。少女たちのスカートがめくれたりして中が見えることはしばしばであった。
彼女たちは顔は皆にわからぬように髪型を変えたり、普段つけてる眼鏡をはずしたり、或いはだてメガネをつけるなどして、恰好を工夫した。名前はチーム名しか出ることはなかったから、何とか誰にもこれに出ていたことはわからなかったという。
3週勝ち抜きチームがもらえる賞品は人気ゲームソフトで、植村幸義はそれを当時欲しがっていたが手に入らぬと同級生と少し会話していたのを、麻紀子がきいていたというのだ。
「麻紀子はパンチラしながら植村君のために頑張ったの、受け取ってあげて」
 そう言われた幸義は、礼を言いながらも、
「でも、そんな、僕のためにそこまで……」
 とありがたいというよりは、何やら申し訳ないような気がして、眼前の現実を中々信じられないでいた。
大尻麻紀子は、その名の通り尻がデカいとからかわれることが昔から多かったらしい。体全体は特に太っているわけでもないようだが、太ももと尻だけは肉付きがよいと本人は言った。今度のテレビ出演でもスカートの中がテレビの画面に出た時に、これだけは隠せないから悩んだと苦笑して言った。でも、好きになった幸義のために頑張ったと言った。
「何で僕なんか……」
 幸義にはわからなかったが、麻紀子や友人たちが言うには、幸義が本を絶えず読み、色々と面白い話を人にしたりするなど、明るくなりだしたことが好きになった理由だという。以来、幸義と麻紀子は一応の付き合いを始めた。と言ってもこの二人、別にたいしたことはしなかった。たまに休日に図書館や映画に一緒に行ったりするくらいだった。
 特に肉体関係などもないまま、成人、進学し、同じ職場に運良く就職が決まった二人だが、相変わらずというか、何ら付き合いの内容に進展はないままだった。
 少年少女時代から不思議と言えば不思議と麻紀子も友人たちも思った。年齢的に考えてももそっと性的なことに興味を持ちだしたりしているだろうにと。幸義は別に性的なことを麻紀子に求めなかった。手を握って歩く程度のことはしたものの、それ以上のことはしてこない。それはやさしさととるべきなのか、何なのかわからなかった。麻紀子が嫌いになっているというわけでもないことは明らかだった。誕生日などはきちんと覚えていて、プレゼントを用意してくるなどしている。
 職場に入ってからほどなくして、社内運動会が通達されたが、麻紀子はまたしても悩みを抱えることになった。幸義はあまり運動が好きではなく、怪我などなく無事にすめばいいと思っていただけだったが、麻紀子はまたしても名前のせいというわけではないであろうが、同僚や先輩社員たちから、自分が出る競技を選ぶという段になって、風船割りレース「ヒップの勇」に出場することになってしまった。
「大尻さん、お尻が立派だから簡単でしょ」
言い方はともかく、性格上、頼まれると断れないのだった。
ルールは単純だった。コース上に5つ置かれた椅子に置かれた風船の上に尻をのせ、風船をつぶして割ってゴールするという単純な競技だったのはずだったが、この風船がなかなか割れないで困る女も多く、麻紀子も例外ではなかった。リハーサルの時、麻紀子は風船の割れる音を怖がりながらも、耳をふさいで尻を風船にのせてまたがり、幾度が体を上下したが、風船はなかなか割れない。リハーサルゆえもあってか、見かねた係の者が針を持ってきて風船を割り、今回はここまでとされた。
「風船を割ろうと必死に体を上下する姿を見て、何かいやらしいものを想像させることがあるみたいで、困るのよ」
麻紀子は幸義が一人暮らしを始めていたアパートに行って嘆いた。
「風船割りなんて、別に野球とかのようなスポーツでもないし、勝っても有名になるわけでもない、むなしいものね」
「まあ栄光なんて全ては一瞬、むなしいものだよ。ただ、風船フェチというのが最近、少なくないようだから、風船は出来るだけ早く割れるようにした方がいいな」
「風船フェチ?」
「風船フェチというのも色々でね、中には女の子がお尻で風船を割るのを見るのが好きという人たちもいる。それは尻フェチでもあるのかも」
「変わっているものね」
「実を言うと僕も……」
 幸義は初めて麻紀子に自分の好むことを明かした。
「別に真面目ぶるとかいうことじゃなくて、だからアダルトビデオとかヌード写真なんて少年時代からさっぱり見る気しない。周囲のやつらは見てたようだし、そういう話題を強引にふってきたけど、僕は無視して、相手にしなかった。いやなやつと思われたようだけどね。自分でも何でかわからないけど、女の子が風船をお尻で割るというのを見る以外、何かこう色気めいたものを感じられないようなんだよね。と言っても自分の好みは人には言えなかったんだけどね」
「……」
「大きくなってからフェチという言葉、風船フェチというものがあるということを知って、案外、同好の人が少なくないことを知った。そういう人間が楽しめるよう女の人がブルマーとか水着とか色々な格好で風船をお尻で割る映像がただ続くだけで、裸になることもなく、男も登場しないビデオ、DVDなんかも出ていて、実はいくつか僕も見ていたんだ」 
「じゃああたしが風船の上でお尻を上下するのを見ると、植村君も気持ちいいの?」
「そういうことはないよ。君の困っている、悩んでいる顔は見たくないよ。お尻の動きよりそっちが優先だよ」
 実際問題、高校時代の体育祭でも風船割り競技はあったが、幸義は麻紀子にその競技に出ることはすすめなかった。本当は見たかったのかなと麻紀子は思ったが、その時から自分が悩まないようにしてくれたのかとも思った。
 数日後、幸義は図書館から風船の本を借りて、麻紀子に見せた。
「風船割り競争の攻略法が書いてあったんで借りてみたんだ」
 そう言われて読んでみると、椅子の上の風船に斜めではなく、まっすぐ盾に座るといいと書いていた。そうすれば風船は椅子からとんでいくことなく、割れやすいらしい。
 幸義が住んでいるのは、防音が少しされているアパートでもあったので、幸義と麻紀子は風船をいくつか買ってきて、部屋でそれを膨らませて割る練習を重ね、社内運動会当日、麻紀子は風船を一回、風船の上から尻を強くおろすだけで割り、一位でゴールした。
 一瞬の栄光というと大げさだが、それ以後も幸義と麻紀子は互いに困ったことを相談し合ったりもしながら、付き合いは続いている。
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