姫の花道

獅子を討つ

「あかん……ねんねしなかったライオンがおったね」

 血まみれの兵をかばいながら離宮の扉に最後に飛び込んできた金髪の青年が、背中でドアを押さえつけながら息を吐き出した。
 大きく力強い生き物の体当たりを受けているらしく、ドアは揺れてみしみしと鳴る。

 タイル床にドーム型のガラス天井を持つ玄関ホールでは、離宮勤めの侍女たちが数人固まって恐怖に顔を引きつらせていた。
 普段は訪れる者も滅多にいなくてひっそりとした場であるそこに、腕や脚に血を滲ませた兵士たちが呻き声を上げながら転がっている。息を乱した馬も数頭いて、荒々しく騒然としていた。

「アーネスト」

 固い靴音とともに、よく透る声が響き渡った。
 ドアを背にしていた金髪の青年が、痛みに耐えるように片目を瞑り頬を歪めながら顔を上げる。
 このとき初めて彼の顔を目にした侍女たちは、この場のちまなぐささも忘れたかのように息を呑んだ。

 アーネストと呼ばれた青年は、男性でありながら傾国と呼ばれるにふさわしい研ぎ澄まされた美貌の持ち主であった。
 瞳は冷たい青で、くっきりとした目元や鼻梁は精巧な彫り物のように整っている。
 青灰色の兵士の服に包んだ身体はほっそりとしており、決して背が低いわけではないのに華奢な印象すらあったが、揺れるドアを背にして押さえ込んでいる姿には力強さがあった。
 アーネストは片目を瞑ったままにやりと笑い、現れた青年ラムウィンドスの呼びかけに応える。

「総長、馬車がやられた。馬も一頭食われとる。防壁を飛び越えたでかい猫チャンがいた」
「人的被害は」
「見ての通りや」

 ラムウィンドスはアーネストの隣へと進み、揺れるドアをじっと見つめながら問いかけた。

「お前はどこか怪我をしたか」
「ちょーっと大きい猫チャンの長い爪が引っかかってもうたね。ま、かすっただけや」

 言葉に独特の訛りがある。
 ラムウィンドスは「なるほど」と答えて、アーネストの肩に手を置いた。

「手当てをしておくように」
「総長は、姫サンに会えた?」
「護衛対象だ。どんな人物か確認した」
「へえ。俺も興味はあるねんけどな。予言のお姫様」

 整った美貌に打ち解けた笑みを浮かべて、アーネストはラムウィンドスを見上げる。視線に気づいていないわけはないのに、ラムウィンドスはそちらを見ずにそっけなく言った。

「たいしたことはない」

 姫君の「何が」たいしたことないというのか、ラムウィンドスは具体的に口にすることはなかった。しかし、実にわかりにくいその返答だけで十分とばかりにアーネストは「なるほどやねえ」と呟く。

「たいしたことあったら、大事(おおごと)やからね。総長としてはそう言うしかないんやろな」
「べつに」
「総長の口数が少なくなるときは、言いすぎないように注意しているとき。ほんまは言いたいことがあるんやろうなぁ。俺はぜひとも聞きたいんやけど」

 やわらかい口調で無駄口を叩いていたアーネストはであったが、ラムウィンドスが表情筋をぴくりともさせずに無表情を決め込んでいるのを見て、顔を引き締めた。

「防壁を超えてきた猫チャンなぁ、目ぇが血走って、ヨダレ垂らしてあきらかにおかしくなっとったわ。睡眠薬ではああはならんやろうな。見境無く人間にも馬にもいきなり襲いかかってきて」

 ちらっと視線をくれたラムウィンドスは、感情のない声で応じる。

「猫チャンではないな。そう言われると殺しにくくなる。人食いの猛獣だ、仕留める大義はある」
「総長、猫チャン好きなん!?」

 ぶはっと噴き出したアーネストに構わず、ラムウィンドスは見えないドアの向こう側の音を探るように神経を張り詰めさせたような厳しい表情をしつつ、命じた。

「合図をしたら開けろ。俺一人で十分だ。どのみち、離宮の主がここを去るのであればライオンたちは用済みなんだ。生かしておく必要もない」
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