6月の空と乙女心
6月の空と乙女心
6月の空は、乙女心よりも複雑だ。
昼食を食べ終えた頃、コツコツと窓ガラスを小さく叩く音が聞こえた。
「ねえ、雨が降ってきたみたい」
向かいに座る光莉の声につられて顔を上げる。
グラウンドでサッカーをしていた男子たちが一斉に校舎へ避難し始めていた。
空は相変わらず青く澄んでいる。
「梅雨入りかなぁ」
紬は肩を落とした。前髪が崩れていないか、鏡で確認する。
「梅雨入りだねぇ」
光莉は呑気な相槌をうち、雨から逃げる幼なじみの姿を眺めていた。
ホームルームが終わり、部活に入っていない紬は灰色に変わった空を眺め、昇降口で立ち尽くしていた。
手には鞄以外、何も持っていない。
『高校生なんだから折りたたみ傘くらい持ち歩きなさい』という母の忠告を無視した結果だ。
「親の言うことは聞いておくもんだな」
苦笑いを浮かべ、鞄を漁る。
ハンカチに手がかかったそのとき。後ろからよく知っている声が聞こえて振り向くと、光莉の幼なじみである廉がいた。
「牧原さん、傘持ってないの?」
紬はコクリと頷く。
「俺の貸そうか。牧原さんは駅まで歩くだろ? 俺は家近いからさ」
右手で傘を差し出した廉が人懐っこい笑顔を向けてくる。
紬はこの笑顔に弱かった。手を伸ばしかけて、引っ込める。
「……そんな、受け取れないよ」
両手を顔の前で振り、遠慮の姿勢を示す。
本当は廉の傘を受け取りたかった。しかし、大好きな友人の顔が浮かんできて、どうしても受け取ることができない。
そんなことなど知る由もない廉は傘を半ば強引に押し付けてくる。
紬も負けじと押し返した。
「2人とも何してるの?」
突然クスッと笑う声が聞こえ、2人同時に視線を向ける。光莉が呆れたような顔で立っていた。
チャンスだ。
紬は油断した廉の右手から傘をスっと奪い取った。
「傘貸してくれてありがとう。この雨じゃ風邪ひいちゃうからさ、廉くんは光莉の傘に入れてもらったら?」
廉と光莉は隣同士の家に住んでいる。これは合理的な提案だ。
「私はいいけど……」
光莉が少し戸惑った表情を廉に向ける。
「マジ? サンキューな!」
気持ちの良いほど無邪気な笑顔を見せられては、光莉もこの展開を受け入れるしかないようだった。
「また明日ね」
曇天の中ひとつの傘に入って帰路に着くふたつの影を、紬は振った手をしばらく下ろせないまま眺めた。
廉が何か話しているのだろう、光莉が優しく愛しい目を向けてはにかんでいる。
紬はチクリと痛んだ胸に右手をそっと当てた。鼓動が雨音に馴染んでいく。
大好きな友人の笑顔を見れて嬉しい。本当に、嬉しい。
奪い取った傘を広げ、雨音の中に飛び出した。
見上げても、傘しか見えない。でもそれで良かった。
空と同じ色に変わった心で、愛しい人の傘をぎゅっと握りしめた。
昼食を食べ終えた頃、コツコツと窓ガラスを小さく叩く音が聞こえた。
「ねえ、雨が降ってきたみたい」
向かいに座る光莉の声につられて顔を上げる。
グラウンドでサッカーをしていた男子たちが一斉に校舎へ避難し始めていた。
空は相変わらず青く澄んでいる。
「梅雨入りかなぁ」
紬は肩を落とした。前髪が崩れていないか、鏡で確認する。
「梅雨入りだねぇ」
光莉は呑気な相槌をうち、雨から逃げる幼なじみの姿を眺めていた。
ホームルームが終わり、部活に入っていない紬は灰色に変わった空を眺め、昇降口で立ち尽くしていた。
手には鞄以外、何も持っていない。
『高校生なんだから折りたたみ傘くらい持ち歩きなさい』という母の忠告を無視した結果だ。
「親の言うことは聞いておくもんだな」
苦笑いを浮かべ、鞄を漁る。
ハンカチに手がかかったそのとき。後ろからよく知っている声が聞こえて振り向くと、光莉の幼なじみである廉がいた。
「牧原さん、傘持ってないの?」
紬はコクリと頷く。
「俺の貸そうか。牧原さんは駅まで歩くだろ? 俺は家近いからさ」
右手で傘を差し出した廉が人懐っこい笑顔を向けてくる。
紬はこの笑顔に弱かった。手を伸ばしかけて、引っ込める。
「……そんな、受け取れないよ」
両手を顔の前で振り、遠慮の姿勢を示す。
本当は廉の傘を受け取りたかった。しかし、大好きな友人の顔が浮かんできて、どうしても受け取ることができない。
そんなことなど知る由もない廉は傘を半ば強引に押し付けてくる。
紬も負けじと押し返した。
「2人とも何してるの?」
突然クスッと笑う声が聞こえ、2人同時に視線を向ける。光莉が呆れたような顔で立っていた。
チャンスだ。
紬は油断した廉の右手から傘をスっと奪い取った。
「傘貸してくれてありがとう。この雨じゃ風邪ひいちゃうからさ、廉くんは光莉の傘に入れてもらったら?」
廉と光莉は隣同士の家に住んでいる。これは合理的な提案だ。
「私はいいけど……」
光莉が少し戸惑った表情を廉に向ける。
「マジ? サンキューな!」
気持ちの良いほど無邪気な笑顔を見せられては、光莉もこの展開を受け入れるしかないようだった。
「また明日ね」
曇天の中ひとつの傘に入って帰路に着くふたつの影を、紬は振った手をしばらく下ろせないまま眺めた。
廉が何か話しているのだろう、光莉が優しく愛しい目を向けてはにかんでいる。
紬はチクリと痛んだ胸に右手をそっと当てた。鼓動が雨音に馴染んでいく。
大好きな友人の笑顔を見れて嬉しい。本当に、嬉しい。
奪い取った傘を広げ、雨音の中に飛び出した。
見上げても、傘しか見えない。でもそれで良かった。
空と同じ色に変わった心で、愛しい人の傘をぎゅっと握りしめた。