〜落ちこぼれ魔女は天才の弟子に溺愛される〜
昼食を食べ終えたシェリーは早速、数冊の魔術書を持って街へ出かけた。
そうして提示された金額に間の抜けた声をあげてしまう。
「え」
見間違いかと、思った。
「あの、本当にこれだけ……ですか」
古書店の主が面倒そうに眉をひそめる。
「嫌ならうちはいいんだよ。忙しいんだから、とっとと帰ってくれ」
店主に提示された明細には、定価の半分の半分の数字が羅列されていた。カウンターを挟んだそこでかたまっていたシェリーは、慌てて頭を下げる。
「い、いえ。すみません、これでお願いします」
小太りの店主はふん、と鼻を鳴らすと、査定通りの紙幣と硬貨をぞんざいにカウンターに投げた。シェリーはそれを掴むと、財布にしまう前に店を出る。店主の威圧的な態度が怖かったのもあるし、背後に並んだ列も気になっていたからだ。
「ああ」
転がるように出た店先で、途方にくれる。手元に残ったのは、想定よりもずっとずっと少ない金額だった。
「どうしよう」
シェリーは気落ちしながら、しわくちゃの紙幣と数枚の硬貨をよれた財布へとしまった。
売り払った魔術書は確かに古いものだったけれど、逆を言えば、ずっと以前に絶版された大変に貴重な品であるとも言えた。
もっとあの本の価値がわかるような専門店に持ち込めばよかったのだろうか。
しかしそうするとなるとかなり遠方へ赴かなければならない。それこそ、高額で売れたとしても移動費で飛んでいってしまっただろう。
「仕方ないわよね」
そう自分に言い聞かせながら、人通りの多い、けれど寒々とした冬の街を歩く。
期待していたよりはずっと少ない金額だけれど、とりあえず、セディオスに約束した干し肉は買える。それだけでもよしとしよう。
シェリーは重い足どりで肉屋に立ち寄ると、手持ちで買える分だけの干し肉を注文した。
店の者が商品を包んでくれている間、店先でたむろしていた人々の話し声が聞こえてくる。
「そうそう。また街道に出たんだってねえ」
「私も聞いたよ、魔狼だろう? 恐ろしいね」
(──魔狼?)
先ほど弟子から耳にしたばかりの話題に、シェリーは思わず聞きいってしまう。
「魔術師を要請したって話もあるらしいけど、これがなかなか上手くいってないみたいだよ」
「それこそ怪我人も出たって」
「まあ」
それって、セディオスくんが倒したっていう──あの?
シェリーは思いながら、店の人間から干し肉の包みを受け取る。会話は続いていた。
「騎士なんかも出動してるらしいけど、数が多くて追いついてないみたいだよ」
「うちも気をつけなくちゃ」
そんな会話を背にシェリーは肉屋を後にした。
(魔狼ねえ)
それからふと思い立って、街の広場に設置されている、掲示板の前に立ち寄る。
そこにはいつも、臨時の仕事募集が貼り出されていた。主なものは畑の手伝いだったり、荷運びだったり、いわゆる日雇いと呼ばれるものだ。
しかしそこには、場所を同じくして高額な魔物討伐の依頼も貼り出されている。
その日の掲示板の前には、数名が立って、うなったり顎に手を当てたりしながら、依頼案件を物色していた。シェリーも彼らに混ざり、所狭しと貼り出されているそれを覗き込む──そうして、見つけた。
(やっぱり、あった)
シェリーは、一際大きく掲示されていたそれを見て、顔を綻ばせる。
『魔狼討伐』と大きく銘打たれたその依頼書には、魔狼の出現場所、出現予想頭数、それから報酬額が記載されていた。特段、討伐者の職種や年齢の制限はなく、誰であっても報酬は支払われるとのことだった。
シェリーはこれだ、と思った。
鞄からメモ帳と筆記具を取り出して、内容を書きつける。高揚していた。これだけの収入があればなんなく今年の冬を越せるだろうし、セディオスにもお腹いっぱいご飯を食べさせてあげられる。
今日、街に出て良かった。
シェリーは緩む口元を引き締めつつ、掲示板の前を離れた。
魔狼なんて遭遇したこともないけれど、一般人でも相応の経験と武具があれば討伐できるらしかった。ならば、シェリーでもいくらか準備をしておけば大丈夫だろうと思えた。無論、対策は必須だけれど。
(攻撃魔法をおさらいしておこう)
シェリーは思いながら帰路を急いだ。
と、その道中、どこかで聞いたような、明るい声が耳に届く。
「ねえ、聞いて!」
なんだろうと見やれば、街の一角に人だかりが出来ている。
声は、そちらの方からしていた。
とある店の軒先で若い娘たちが順番待ちをしているみたいに二列に並んでいた。
それは最近出来たという、例の魔術師の店だった。その盛況ぶりに驚きながら、シェリーはその前を通り過ぎようとした。
ちょうどそこから出てきたばかりの赤いワンピースの少女とすれ違う──なんて偶然だろう。それはついさっき、セディオスを訪ねてきたあの少女だった。
少女はとても嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、両隣にいる友人に大きな声で言った。今にも飛び跳ねないばかりの勢いだった。
「あのね、魔術師さんにセディオスとの相性が良いって言われちゃったの」
「まあ、よかったわね」
「ふたりともお似合いだもの、当然だわ」
友人たちからの声援に、赤いワンピースの少女はまんざらでもなさそうに微笑んだ。その店の魔術師から恋のおまじないを買ったのだろう。──少女は魔力の籠った首飾り型の呪具を手に、目尻をほんのりと赤く染めていた。
「セディオス、今度の誕生会、きてくれるかしら」
誕生日会。
シェリーはその言葉に、セディオスが手にしていた手紙のことを思い出した。
昼に受け取った、少女からのお礼のクッキーの紙袋の中に、その封筒は入っていた。シェリーはてっきり「助けてくれてありがとう」だとか、そんなことが書いてあるのだろうと思っていたのだが。どうやらそれは、誕生日会の招待状だったらしい。
セディオスは読み終えたその手紙を何も言わず放っていたけれど、行く気はないのだろうか。
帰ったら聞いてみようと、シェリーは再び、帰路を急いだ。
「は? 行きませんけど」
帰宅早々、誕生日会のことを口にしたシェリーに夕飯の用意をしていたセディオスは当たり前のように言った。
今晩のメニューはハーブのパンと魚の香草焼きだった。(香草なら売るほどあるのだ)ちょうど焼き上がった魚を皿に盛りつつセディオスは言った。
「俺言いましたよね。助けた時に少し話しをしただけで、あの子とは友達でもなんでもないんですって。そんな子の誕生日会なんて行くわけがないでしょう……面倒くさい」
にべもない弟子の物言いに、シェリーは思わず尻込みしそうになる。
基本的に愛想のいいセディオスにはしかし、興味のない物や相手には冷めたところを見せる一面があった。少し、怖いくらいだった。
シェリーは「そう」と言いながら、セディオスの料理を手伝う。
「でもあの子、とっても楽しみにしてたわよ、行ってあげたら?」
「関係ないですよ、誕生日会なんて歳でもないし」
「本当にいいの? 新しいお友達も出来るかもしれないし、美味しいご飯とか、ケーキも食べられるかもしれないのよ」
「……なんでそんなに行かせたいんですか」
訝しむように言われて、シェリーは口籠る。そうして、しどろもどろに言った。
「だってあの子、お友達もだけど、せっかくここまで誘いに来てくれたんだし……断るのも悪いでしょう」
街外れにあるシェリーの家は、ちょっとした森を抜けた小道の、さらに先にある。
獣道を通り、そんな場所まで、あの子たちはわざわざ招待状を持ってきてくれたのだ。よほどセディオスに来て欲しいに違いなかった。
それに、セディオスに新しい友人が出来ることにシェリーは何処かほっとしていたのかもしれない。それは〝正しい〟ことだから。
しかしセディオスは手際よく食器と飲み物を用意しながら、淡々と言った。
「悪くなんてないですよ。あの子も『もしよかったら』って程度でしたし」
「でも」
と、シェリーが言いかけた時、何かを思いついたように、動きを止めたセディオスがぽつりと言った。
「ああでも──うん、やっぱり、行こうかな」
「え?」
「その日夜留守にしますけど、いいですか?」
「ええ、もちろんよ」
突然のセディオスの心変わりに、シェリーは内心首を傾げながらも、笑顔で頷いた。
「ゆっくり楽しんでらっしゃいな」
「なるべく早く戻りますから」
会話が微妙に噛み合っていない。
思いながら、シェリーは多めに小遣いを渡さなくては、と決意した。
そうして提示された金額に間の抜けた声をあげてしまう。
「え」
見間違いかと、思った。
「あの、本当にこれだけ……ですか」
古書店の主が面倒そうに眉をひそめる。
「嫌ならうちはいいんだよ。忙しいんだから、とっとと帰ってくれ」
店主に提示された明細には、定価の半分の半分の数字が羅列されていた。カウンターを挟んだそこでかたまっていたシェリーは、慌てて頭を下げる。
「い、いえ。すみません、これでお願いします」
小太りの店主はふん、と鼻を鳴らすと、査定通りの紙幣と硬貨をぞんざいにカウンターに投げた。シェリーはそれを掴むと、財布にしまう前に店を出る。店主の威圧的な態度が怖かったのもあるし、背後に並んだ列も気になっていたからだ。
「ああ」
転がるように出た店先で、途方にくれる。手元に残ったのは、想定よりもずっとずっと少ない金額だった。
「どうしよう」
シェリーは気落ちしながら、しわくちゃの紙幣と数枚の硬貨をよれた財布へとしまった。
売り払った魔術書は確かに古いものだったけれど、逆を言えば、ずっと以前に絶版された大変に貴重な品であるとも言えた。
もっとあの本の価値がわかるような専門店に持ち込めばよかったのだろうか。
しかしそうするとなるとかなり遠方へ赴かなければならない。それこそ、高額で売れたとしても移動費で飛んでいってしまっただろう。
「仕方ないわよね」
そう自分に言い聞かせながら、人通りの多い、けれど寒々とした冬の街を歩く。
期待していたよりはずっと少ない金額だけれど、とりあえず、セディオスに約束した干し肉は買える。それだけでもよしとしよう。
シェリーは重い足どりで肉屋に立ち寄ると、手持ちで買える分だけの干し肉を注文した。
店の者が商品を包んでくれている間、店先でたむろしていた人々の話し声が聞こえてくる。
「そうそう。また街道に出たんだってねえ」
「私も聞いたよ、魔狼だろう? 恐ろしいね」
(──魔狼?)
先ほど弟子から耳にしたばかりの話題に、シェリーは思わず聞きいってしまう。
「魔術師を要請したって話もあるらしいけど、これがなかなか上手くいってないみたいだよ」
「それこそ怪我人も出たって」
「まあ」
それって、セディオスくんが倒したっていう──あの?
シェリーは思いながら、店の人間から干し肉の包みを受け取る。会話は続いていた。
「騎士なんかも出動してるらしいけど、数が多くて追いついてないみたいだよ」
「うちも気をつけなくちゃ」
そんな会話を背にシェリーは肉屋を後にした。
(魔狼ねえ)
それからふと思い立って、街の広場に設置されている、掲示板の前に立ち寄る。
そこにはいつも、臨時の仕事募集が貼り出されていた。主なものは畑の手伝いだったり、荷運びだったり、いわゆる日雇いと呼ばれるものだ。
しかしそこには、場所を同じくして高額な魔物討伐の依頼も貼り出されている。
その日の掲示板の前には、数名が立って、うなったり顎に手を当てたりしながら、依頼案件を物色していた。シェリーも彼らに混ざり、所狭しと貼り出されているそれを覗き込む──そうして、見つけた。
(やっぱり、あった)
シェリーは、一際大きく掲示されていたそれを見て、顔を綻ばせる。
『魔狼討伐』と大きく銘打たれたその依頼書には、魔狼の出現場所、出現予想頭数、それから報酬額が記載されていた。特段、討伐者の職種や年齢の制限はなく、誰であっても報酬は支払われるとのことだった。
シェリーはこれだ、と思った。
鞄からメモ帳と筆記具を取り出して、内容を書きつける。高揚していた。これだけの収入があればなんなく今年の冬を越せるだろうし、セディオスにもお腹いっぱいご飯を食べさせてあげられる。
今日、街に出て良かった。
シェリーは緩む口元を引き締めつつ、掲示板の前を離れた。
魔狼なんて遭遇したこともないけれど、一般人でも相応の経験と武具があれば討伐できるらしかった。ならば、シェリーでもいくらか準備をしておけば大丈夫だろうと思えた。無論、対策は必須だけれど。
(攻撃魔法をおさらいしておこう)
シェリーは思いながら帰路を急いだ。
と、その道中、どこかで聞いたような、明るい声が耳に届く。
「ねえ、聞いて!」
なんだろうと見やれば、街の一角に人だかりが出来ている。
声は、そちらの方からしていた。
とある店の軒先で若い娘たちが順番待ちをしているみたいに二列に並んでいた。
それは最近出来たという、例の魔術師の店だった。その盛況ぶりに驚きながら、シェリーはその前を通り過ぎようとした。
ちょうどそこから出てきたばかりの赤いワンピースの少女とすれ違う──なんて偶然だろう。それはついさっき、セディオスを訪ねてきたあの少女だった。
少女はとても嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、両隣にいる友人に大きな声で言った。今にも飛び跳ねないばかりの勢いだった。
「あのね、魔術師さんにセディオスとの相性が良いって言われちゃったの」
「まあ、よかったわね」
「ふたりともお似合いだもの、当然だわ」
友人たちからの声援に、赤いワンピースの少女はまんざらでもなさそうに微笑んだ。その店の魔術師から恋のおまじないを買ったのだろう。──少女は魔力の籠った首飾り型の呪具を手に、目尻をほんのりと赤く染めていた。
「セディオス、今度の誕生会、きてくれるかしら」
誕生日会。
シェリーはその言葉に、セディオスが手にしていた手紙のことを思い出した。
昼に受け取った、少女からのお礼のクッキーの紙袋の中に、その封筒は入っていた。シェリーはてっきり「助けてくれてありがとう」だとか、そんなことが書いてあるのだろうと思っていたのだが。どうやらそれは、誕生日会の招待状だったらしい。
セディオスは読み終えたその手紙を何も言わず放っていたけれど、行く気はないのだろうか。
帰ったら聞いてみようと、シェリーは再び、帰路を急いだ。
「は? 行きませんけど」
帰宅早々、誕生日会のことを口にしたシェリーに夕飯の用意をしていたセディオスは当たり前のように言った。
今晩のメニューはハーブのパンと魚の香草焼きだった。(香草なら売るほどあるのだ)ちょうど焼き上がった魚を皿に盛りつつセディオスは言った。
「俺言いましたよね。助けた時に少し話しをしただけで、あの子とは友達でもなんでもないんですって。そんな子の誕生日会なんて行くわけがないでしょう……面倒くさい」
にべもない弟子の物言いに、シェリーは思わず尻込みしそうになる。
基本的に愛想のいいセディオスにはしかし、興味のない物や相手には冷めたところを見せる一面があった。少し、怖いくらいだった。
シェリーは「そう」と言いながら、セディオスの料理を手伝う。
「でもあの子、とっても楽しみにしてたわよ、行ってあげたら?」
「関係ないですよ、誕生日会なんて歳でもないし」
「本当にいいの? 新しいお友達も出来るかもしれないし、美味しいご飯とか、ケーキも食べられるかもしれないのよ」
「……なんでそんなに行かせたいんですか」
訝しむように言われて、シェリーは口籠る。そうして、しどろもどろに言った。
「だってあの子、お友達もだけど、せっかくここまで誘いに来てくれたんだし……断るのも悪いでしょう」
街外れにあるシェリーの家は、ちょっとした森を抜けた小道の、さらに先にある。
獣道を通り、そんな場所まで、あの子たちはわざわざ招待状を持ってきてくれたのだ。よほどセディオスに来て欲しいに違いなかった。
それに、セディオスに新しい友人が出来ることにシェリーは何処かほっとしていたのかもしれない。それは〝正しい〟ことだから。
しかしセディオスは手際よく食器と飲み物を用意しながら、淡々と言った。
「悪くなんてないですよ。あの子も『もしよかったら』って程度でしたし」
「でも」
と、シェリーが言いかけた時、何かを思いついたように、動きを止めたセディオスがぽつりと言った。
「ああでも──うん、やっぱり、行こうかな」
「え?」
「その日夜留守にしますけど、いいですか?」
「ええ、もちろんよ」
突然のセディオスの心変わりに、シェリーは内心首を傾げながらも、笑顔で頷いた。
「ゆっくり楽しんでらっしゃいな」
「なるべく早く戻りますから」
会話が微妙に噛み合っていない。
思いながら、シェリーは多めに小遣いを渡さなくては、と決意した。