〜落ちこぼれ魔女は天才の弟子に溺愛される〜
エピローグ
*本編の翌朝のお話です
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良い子にしていたら、神さまが贈り物をくださるのよ。
教会の年老いたシスターはそう言って、シェリーたちみなしごに微笑んでくれた。
その慈愛に溢れたまなざしと、低く柔らかな声は今でも鮮明に思い出せる──シェリーの大切な、大切な宝物(おもいで)のひとつだった。
静謐な礼拝堂の中、シスターは椅子に座らせた子供たちひとりひとりに目を合わせて言った。
神さまからの贈り物は、決して目には見えません。だから無くすこともありません。いつだってそばにあって、あなたたちを導き守ってくださいます。
だから、善き人でありましょうね。神さまはいつでもあなたたちを見て、良いことをした分、贈り物をくださいますから。
幼いシェリーは薄く口を開いたまま、シスターの背後に佇む真っ白な聖母の像を見上げていた。柔らかなヴェールを被り、乳飲み子を抱いたその女性に、記憶のない母親を重ねる。
善き人でありましょう。
シスターの合図に従って目を閉じ、唇の前で両手を握り合わせた。そうしてみんなと一緒に、祈りを捧げる。
どうか。
神さま。どうかどうか、私に魔力をください。お母さんと同じ、魔法使いにしてください。
良い人でありますから。約束しますから、だから────そう、祈りを捧げた。
◇ ◇ ◇
朝。
シェリーは眩しい陽の光に目を開いた。
寝室の窓の外、カーテンの隙間から真っ白な光が注いで、部屋中を明るく照らしていた。
ぼんやりする頭のまま、ベッドに手をついて身体を起こす。夢を見ていた気がする。けれど、どんな夢だったか、思い出せない。
まあ良いかとあくびをして、居間の方から聞こえる音に耳を傾けた。
ぱちぱちと油がはぜている。焼きたてのパンのいい匂いもした。セディオスが朝食の準備をしてくれているのだ。シェリーは微笑んでベッドを降りようと足をシーツから抜き出す。
──昨夜は彼にとてもひどいことをしてしまった。嫌がる彼を王立の学園にいれようだなんて。だからちゃんと、もう一度謝ろうと思った。
「…….?」
その時、ふと視界に入ったそこに、夜にはなかったはずの小さな箱を見つける。
枕元に置かれた、片方の手のひらに収まるほどのそれには、十字にピンク色のリボンがかけられていた。
何だろうと手に取って、首を傾げる。
どう見ても贈り物だ。
でも誰から誰への?
答えなんてひとつしかない──けれど。
シェリーはぎゅっと唇を引き結んで箱を握りしめた。
まさかそんな、そんな素晴らしいこと──あるわけがない。だってシェリーは幼い頃から何度も切望し、そうしてその朝を迎えるたびに落胆してきたのだから。
けれど、リボンの隙間に挟まったカードには確かに彼の筆跡で〝最愛のひとへ〟とあって。
シェリーはゆっくりと、リボンをほどいた。
──聖なる夜は、神さまの使いが贈り物を届けてくれる。
だからシェリーは、良い子であろうとした。シスターの言いつけを守り、善き人であろうとした。
でも、シェリーたちは孤児だから、目に見える贈り物はもらえなかった。
神さまがくれたのは、心の中にある温かいやさしさや、希望といったもので。──両親のいる子供たちが、聖夜の翌朝、玩具や菓子をもらったと嬉しそうに礼拝に来てシスターたちに話しているのを、だからシェリーたちはじっと聞いていた。
シェリーたちは知っていた。それは神さまからの贈り物ではなく、彼らの両親からのプレゼントだと。
朝起きたら枕元に、綺麗に包まれた贈り物があったのだと、彼らは嬉しそうに話していた。そうしてシェリーは本当はずっとそれが羨ましくて、羨ましくてならなかった。
だから、良い子にしていたらいつか、いつかもしかしたらと思った夜もあった。そうして朝を迎えるたび、そこに何もないことに落胆し、大人になるにつれ──何もないことに慣れていった。
だからせめて、目に見えないものを大切にしようと思った。
それに神さまはシェリーに魔力を──ほんの少しだけだけれど──与えてくれた。この力を大切に生きようと思った。
──開けた包みの中から出てきた綺麗な指輪を、シェリーはぼんやりと見つめる。
白い箱に収まったそれは、銀色の細いシンプルな作りで、中央に小さな透明の石がひとつ、輝いている。
いつの間に、こんなもの。
両目から大粒の涙がこぼれ、頬を伝い、広げたばかりの包装紙を濡らしてしまう。
「先生、起きました?」
とんとん、と軽いノックをしたあと、セディオスが部屋に入って来る。そうして、ベッドの上で座り込んだまま涙を流している師を見て、目を丸くした。
「先生!?」
どうしましたとシェリーの肩を掴んだセディオスは、師の手の中にあったそれに、戸惑ったように瞳を揺らがせた。
「……気に入りませんでしたか?」
シェリーは首を振った。
「ううん」
まだ涙は止まらなかった。
「……違うの」
困ったようにシェリーの肩から手を離したセディオスは、自分もベッドに腰をおろしながら、そっとシェリーの頬に手を添えた。シェリーは子供みたいに泣きじゃくったまま、言った。
「嬉しいの」
綺麗な彼の瞳をじっと見つめた。
「嬉しくてたまらないの」
ぼろぼろと涙が溢れる。神さまは、見ていてくれたのかもしれない。ずっと、ずっと。だから彼と出会わせてくれた。
「……よかった」
セディオスが安心したみたいにほっと笑う。そして言った。
「俺がつけても良いですか」
頷いたシェリーに、セディオスは小箱から指輪を抜き取ると師の右手の薬指にすっとはめた。
「綺麗でしょう。これ──ずっと遠くにある国の石なんです。永遠の石っていうんですよ」
「永遠の」とつぶやいて、シェリーは右手をそっと窓辺にかざした。朝日を跳ね返した透明な石が、きらりと光る。
「ずっと一緒にいるための誓いの贈り物です」
シェリーと同じように指輪を見つめていたセディオスが、こちらを向いた。
「愛しています、先生」
シェリーは頷いて、もう一度涙を流した。
私も愛していると、そう言葉にしようと思ったのだけれど、喉に何かが引っかかったように苦しくなって、シェリーはそれ以上、想いを紡ぐことができなかった。
代わりに両手を伸ばして、セディオスを首に抱きついた。弟子が苦しいですと笑って優しく支えてくれるのを良いことに、シェリーは力を抜いて身体をすっかり預けてしまう。シスターにだって、こんなに甘えたことはなかったのに。
大好きよ、とセディオスの耳元に囁いた。
俺も、と甘く返される。
新しい、いつもの朝がはじまりを告げていた。
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良い子にしていたら、神さまが贈り物をくださるのよ。
教会の年老いたシスターはそう言って、シェリーたちみなしごに微笑んでくれた。
その慈愛に溢れたまなざしと、低く柔らかな声は今でも鮮明に思い出せる──シェリーの大切な、大切な宝物(おもいで)のひとつだった。
静謐な礼拝堂の中、シスターは椅子に座らせた子供たちひとりひとりに目を合わせて言った。
神さまからの贈り物は、決して目には見えません。だから無くすこともありません。いつだってそばにあって、あなたたちを導き守ってくださいます。
だから、善き人でありましょうね。神さまはいつでもあなたたちを見て、良いことをした分、贈り物をくださいますから。
幼いシェリーは薄く口を開いたまま、シスターの背後に佇む真っ白な聖母の像を見上げていた。柔らかなヴェールを被り、乳飲み子を抱いたその女性に、記憶のない母親を重ねる。
善き人でありましょう。
シスターの合図に従って目を閉じ、唇の前で両手を握り合わせた。そうしてみんなと一緒に、祈りを捧げる。
どうか。
神さま。どうかどうか、私に魔力をください。お母さんと同じ、魔法使いにしてください。
良い人でありますから。約束しますから、だから────そう、祈りを捧げた。
◇ ◇ ◇
朝。
シェリーは眩しい陽の光に目を開いた。
寝室の窓の外、カーテンの隙間から真っ白な光が注いで、部屋中を明るく照らしていた。
ぼんやりする頭のまま、ベッドに手をついて身体を起こす。夢を見ていた気がする。けれど、どんな夢だったか、思い出せない。
まあ良いかとあくびをして、居間の方から聞こえる音に耳を傾けた。
ぱちぱちと油がはぜている。焼きたてのパンのいい匂いもした。セディオスが朝食の準備をしてくれているのだ。シェリーは微笑んでベッドを降りようと足をシーツから抜き出す。
──昨夜は彼にとてもひどいことをしてしまった。嫌がる彼を王立の学園にいれようだなんて。だからちゃんと、もう一度謝ろうと思った。
「…….?」
その時、ふと視界に入ったそこに、夜にはなかったはずの小さな箱を見つける。
枕元に置かれた、片方の手のひらに収まるほどのそれには、十字にピンク色のリボンがかけられていた。
何だろうと手に取って、首を傾げる。
どう見ても贈り物だ。
でも誰から誰への?
答えなんてひとつしかない──けれど。
シェリーはぎゅっと唇を引き結んで箱を握りしめた。
まさかそんな、そんな素晴らしいこと──あるわけがない。だってシェリーは幼い頃から何度も切望し、そうしてその朝を迎えるたびに落胆してきたのだから。
けれど、リボンの隙間に挟まったカードには確かに彼の筆跡で〝最愛のひとへ〟とあって。
シェリーはゆっくりと、リボンをほどいた。
──聖なる夜は、神さまの使いが贈り物を届けてくれる。
だからシェリーは、良い子であろうとした。シスターの言いつけを守り、善き人であろうとした。
でも、シェリーたちは孤児だから、目に見える贈り物はもらえなかった。
神さまがくれたのは、心の中にある温かいやさしさや、希望といったもので。──両親のいる子供たちが、聖夜の翌朝、玩具や菓子をもらったと嬉しそうに礼拝に来てシスターたちに話しているのを、だからシェリーたちはじっと聞いていた。
シェリーたちは知っていた。それは神さまからの贈り物ではなく、彼らの両親からのプレゼントだと。
朝起きたら枕元に、綺麗に包まれた贈り物があったのだと、彼らは嬉しそうに話していた。そうしてシェリーは本当はずっとそれが羨ましくて、羨ましくてならなかった。
だから、良い子にしていたらいつか、いつかもしかしたらと思った夜もあった。そうして朝を迎えるたび、そこに何もないことに落胆し、大人になるにつれ──何もないことに慣れていった。
だからせめて、目に見えないものを大切にしようと思った。
それに神さまはシェリーに魔力を──ほんの少しだけだけれど──与えてくれた。この力を大切に生きようと思った。
──開けた包みの中から出てきた綺麗な指輪を、シェリーはぼんやりと見つめる。
白い箱に収まったそれは、銀色の細いシンプルな作りで、中央に小さな透明の石がひとつ、輝いている。
いつの間に、こんなもの。
両目から大粒の涙がこぼれ、頬を伝い、広げたばかりの包装紙を濡らしてしまう。
「先生、起きました?」
とんとん、と軽いノックをしたあと、セディオスが部屋に入って来る。そうして、ベッドの上で座り込んだまま涙を流している師を見て、目を丸くした。
「先生!?」
どうしましたとシェリーの肩を掴んだセディオスは、師の手の中にあったそれに、戸惑ったように瞳を揺らがせた。
「……気に入りませんでしたか?」
シェリーは首を振った。
「ううん」
まだ涙は止まらなかった。
「……違うの」
困ったようにシェリーの肩から手を離したセディオスは、自分もベッドに腰をおろしながら、そっとシェリーの頬に手を添えた。シェリーは子供みたいに泣きじゃくったまま、言った。
「嬉しいの」
綺麗な彼の瞳をじっと見つめた。
「嬉しくてたまらないの」
ぼろぼろと涙が溢れる。神さまは、見ていてくれたのかもしれない。ずっと、ずっと。だから彼と出会わせてくれた。
「……よかった」
セディオスが安心したみたいにほっと笑う。そして言った。
「俺がつけても良いですか」
頷いたシェリーに、セディオスは小箱から指輪を抜き取ると師の右手の薬指にすっとはめた。
「綺麗でしょう。これ──ずっと遠くにある国の石なんです。永遠の石っていうんですよ」
「永遠の」とつぶやいて、シェリーは右手をそっと窓辺にかざした。朝日を跳ね返した透明な石が、きらりと光る。
「ずっと一緒にいるための誓いの贈り物です」
シェリーと同じように指輪を見つめていたセディオスが、こちらを向いた。
「愛しています、先生」
シェリーは頷いて、もう一度涙を流した。
私も愛していると、そう言葉にしようと思ったのだけれど、喉に何かが引っかかったように苦しくなって、シェリーはそれ以上、想いを紡ぐことができなかった。
代わりに両手を伸ばして、セディオスを首に抱きついた。弟子が苦しいですと笑って優しく支えてくれるのを良いことに、シェリーは力を抜いて身体をすっかり預けてしまう。シスターにだって、こんなに甘えたことはなかったのに。
大好きよ、とセディオスの耳元に囁いた。
俺も、と甘く返される。
新しい、いつもの朝がはじまりを告げていた。
