セフレちゃんは枯れ専女子。〜妻公認の彼女〜
第3話:降って湧いたような、偶然の出会い。

さて・・・妻公認とは言ったって、そんなに都合よく相手が見つかるはずもない。
はじめから考えが甘かったのかもしれない。
対象は四十歳くらいの独身女性・・・それより下だと、さすがに歳が離れすぎている。
四十歳で独身なんて、本当にいるのか。
いたとしても未亡人くらいじゃないのか。

どう考えたって、こんなおじさんを相手にしてくれる物好きなんて、いるはずがない。
・・・なんて提案なんだ。
これじゃ、ますます欲求不満が溜まるだけじゃないか・・・本当は、そう言いたかった。
でももしかして妻公認でセフレを持てるかもしれない。
最初はそんな話に浮かれて、僕も半分ウハウハしていた。

でも、冷静になって考えてみれば、探すこと自体が無謀だった。
山ほどある干し草の中から、たった一本の針を探すようなものだ。
いるはずがなかったんだ。
こんなおじさんと付き合ってくれるような女性なんて・・・。

妻からその提案をされてから、結局セフレちゃんができないまま、もうすぐ半年が過ぎようとしていた。
その間、僕はずっと悶々としながら、なんとか耐えて来た。
期待しては肩透かしを食らい、ひとりで勝手に落ち込み、また諦める。
そんなことの繰り返しだった。

何の進展もないまま、この話もそのうち自然にフェードアウトしていくんだろうな・・・
半ば諦めかけていた、その頃だった。

捨てる神あれば拾う神ありとは、よく言ったものだ・・・いたんだな、そんな物好きな女神が・・・。
しかも、びっくりするくらい若くて、きれいな子だった。

それは年の瀬。
取引先の会社の忘年会の帰りだった。
ほろ酔い気分でタクシーを拾おうと、歩道から車道へ出ようとしたとき、歩道と車道の境に張られていた
ガードレールの鎖に足を取られ、僕は見事に車道へずっこけるように突っ伏してしまった。

まさか自分が、あんな間抜けな転び方をするなんて・・・そういうのは、どこか他人事だと思っていたのに・・・。
どうやら思っていたより、足が上がっていなかったらしい・・・要するに、歳を取ったということだ。

若い頃なら、あんな鎖くらい軽くまたげていたはずなのに・・・。
歳は取りたくない。
頭の中ではまだ若いつもりでも、体はちゃんと現実を知っている。
その事実が、転んで擦りむいた肘よりも、少しだけ痛かった。
左肘から落ちたせいで、シャツごと肘を擦りむいてしまい血がにじんでいた。

じんじんする痛みと、どうしようもない情けなさで、しばらくその場にうずくまっていた、その時だった。

「大丈夫ですか?」

やわらかな声が、頭の上から降ってきた。
その声のトーンだけで、若い女性だとすぐにわかった。
声はもう一度、今度は少し心配そうに、

「大丈夫?」

と聞いてきた。

顔を上げると、目の前にひとりの若い女性がしゃがみ込んでいて、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
冬の冷たい空気の中、その子の声音だけが不思議なくらい暖かくて、胸の奥にすっと沁みた。

僕が傷ついた肘を確かめていると、彼女はバッグから消毒液とバンドエイドを取り出し手際よく傷の手当てをしてくれた。
その指先は驚くほど優しくて、アルコールがしみる痛みよりも、その親切のほうがずっと心に残った。

「他は大丈夫ですか?」

「あ・・・はい、大丈夫です・・・ありがとうございます」

そう答えながら、僕は顔が熱くなるのを感じていた。
酔いのせいだけじゃない。
こんなかっこ悪い姿を、こんな可愛い子に見られてしまった恥ずかしさのせいだ。

「かっこ悪いったらないですね・・・」

僕がそう言うと、彼女はふっと笑った。
その笑い方が、からかうようなものではなく、どこか安心させてくれるような笑顔だったから、
余計に救われた気がした。

「向こうのベンチで少し休んだほうがいいかも・・・」

「ありがとう・・・そうします」

彼女は、そのまま立ち去るのかと思った。
でも、彼女はベンチまで付き添ってくれた。
近くで見ると、その子はとても可愛くて、しかも驚くほど綺麗だった。
一瞬、ハーフかと思うほど整った顔立ちで、僕は思わず見とれてしまう・・・。背も高く見えるし、スタイルもいい。

ブーツのせいもあるのかもしれないが、履いていなかったとしてもたぶん160センチくらいはあるだろうか。
年の頃なら、二十四、五歳・・・そう見えた。

しばらく世間話をしているうちに、彼女はIT系の商社に勤めていて、今夜は僕と同じように忘年会の帰りなのだと分かった。
本当は、僕の恥ずかしい失態を見て、見て見ぬふりをして通り過ぎるつもりだったらしい。
でも、何かが彼女を引き留めたんだと、少し照れたように笑いながら話してくれた。

もし、あのとき彼女がそのまま通り過ぎていたら・・・たぶん、この物語はここで終わっていた・・・そう思うと、
人生というのは本当に分からない。
人と人との縁なんて、きっとこういう、どうしようもなく不格好な瞬間に、そっと始まるものなのかもしれない。

あのとき、僕たちの頭上には、冬の夜気に紛れて、小さなキューピッドでも舞い降りていたのだろうか・・・。
そんなふうに思いたくなるくらい不思議な出会いだった。

せっかくだから、お礼に何かさせてほしい。
そう言うと、彼女は少し考えてから、無邪気な笑顔で言った。

「ラーメンが食べたい」

すぐ近くにラーメンの屋台があったので、僕は彼女をそこへ連れて行った。
年の暮れの冷えた夜、湯気の立つ屋台の明かりはやけに優しく見えた。
さっきまで転んだ痛みと惨めさでいっぱいだった胸の中に、少しずつ温もりりが戻ってくる気がした。

とはいえ、僕も少しは考えた・・・こんな子が、まさか・・・そう思わないほうが無理だった。
彼女との歳の差は、ほとんど親子みたいなものだろう。
さすがに、何かあるなんて思えなかった。
話だって、きっとまるで噛み合わないだろうと思っていた。

ところが、これが意外なほど話しやすい子だった。
彼女は子どもの頃はおじいちゃん子だったらしい。
だからなのか、年上の男の話を聞くのが上手で、僕のたわいない話にも、ひとつひとつ丁寧に相槌を打ってくれた。

そのやさしさが、なんだか妙に心地よかった。
彼女の名前は佐藤藍さとう あい。
歳は二十三歳。
前髪のあるロングストレートの茶髪に、ぽわぽわとした暖かそうなネックのセーター・・・短めのタイトスカートに
ニーハイブーツ。
どこかギャルっぽさもあるのに、話してみると不思議なくらい素直で、気さくで、柔らかい空気をまとっていた。

そして彼女は、何のためらいもなく言った。

「LINE、交換しませんか?」

若い子のほうから、こんなおじさんに連絡先を聞いてくるなんて?正直、普通じゃないと思った。

「なんで、僕みたいなおじさんの連絡先が必要なの?」

思わずそう聞くと、彼女はあっさりと、でもまっすぐな目で答えた。

「タイプだから・・・」

・・・・耳を疑った・・・タイプ?
いやいや、いくらなんでも僕はおじさんだよ、いったい何歳離れてると思ってるの・・・どう見たって親子じゃない・・・。
からかってるのか、とすら思った。

けれど、その目は冗談を言っているようには見えなかった。
むしろ、あまりに真っ直ぐで、こちらがたじろいでしまうほどだった。
教えてと言われて、断る理由もない。
だから僕は、自分の名前を告げて、彼女と連絡先を交換した。

「じゃあ、私、そろそろ帰りますね・・・ごちそうさまでした」

「こちらこそ・・・」

「かならず連絡しますから」

そう言って、彼女はタクシーを拾い、僕が帰るのとは反対の方向へ去っていった。
鎖に足を引っかけて転んだだけの、ただの情けない夜・・・みっともなくて、痛くて、少しだけ自分の老いを
思い知らされただけの夜で終わるはずだった。
なのに、その夜の最後に残ったのは、痛みでも恥ずかしさでもなかった。

見知らぬ誰かに差し伸べられた、思いがけない優しさ、冬の夜風の中で、ふいに胸の奥へ灯った小さな温もり・・・。
だから僕は、彼女から本当に連絡が来るなんて、思ってもみなかった。
けれど・・・あの夜の出会いは、たしかに僕の何かを変えはじめていたのだ。

つづく。
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