懲罰復讐列車(メトロ・ネメシス) ※一括掲載

 地下鉄駅の構内で射撃訓練をさせてはいけません。
 ……ここ(メトロ)にはそんな法律はない。
「はい、ちゃんと照星で狙いをあわせて」
 サリーナが少年の背後から抱きしめるように、拳銃射撃を親切懇寧に教授している。
 マコト君はこの列車(ネメシス号)の「お客様候補」なのだけれど、まだ中学生ではいくらなんでも幼すぎた。そんな子供が大勢のヤクザに復讐しようという時点で無理があるし、たとえやり遂げても後の悪影響が問題でもある。
 ただ、それでも全くの見殺しに放置すると暴走・自爆してしまうリスクもあるため、二人の車掌娘たち(サ・カリ)は休日暇潰しの趣味も兼ねて、定期的に「特別授業」を施してやることになっていた。
 彼女たちの過去の経験からすればこの少年の境遇は他人事に思えない。
 それに車両コンセプトの「ネメシス」とは復讐と懲罰の女神の名前であり、理不尽な殺人などの晴らされぬ重罪を懲らすことを主眼としていて、正義や公正さ、復讐の正当性が大前提でもある。だからしょうもない私怨や逆恨みの類は基本的に取り合わない。
 そして処理する案件数のキャパシティや運用システム上の限界はあれども、出来る限りは目的と趣旨を叶えたい。これは車両を運営する、所属の拠点駅(彼らの場合は「水母天使宮殿」駅)の意向にも添っているから、上に申請や相談すれば通る話なのだ。
 たとえ二人がサキュバスじみた幽霊であっても、芯から狂った悪霊・魍魎や超時空カルト集団(メトロ空間には精神を病んだ狂った連中やギャングもいる)・異次元からの侵略軍(本当に異次元であったり、かけ離れた異世界のような別の時間線からの路線争奪闘争)とは考え方や性質の違いは大きい。これは本質的に「魔王」であるコアラや鵺にとっても同様で、メトロの世界にも対立や抗争、路線とお客の取り合いは常にあるのだ。
 その意味でマコト君は紛れもなく「正当なお客様」でもあるのだ。だから他所の狂った思想の「駅」の邪悪な車両には乗せたくない。
 だからひとまずは拳銃の撃ち方やら喧嘩のやり方やらを教えてみている。
 将来的にちゃんと「復讐」できるように。
 もちろん直接役に立つかどうかはわからないにせよ、まだ思いつきで恨み相手を刺してしまうよりは、やり場のない怒りの感情やエネルギーの適切な処理方法だろう。
『ねえ。悪い人は、あなたの恨みの相手だけじゃないのよ?』
 そんなふうにしばしば言い聞かせるのは、ただの目先の恨みのためにこの少年の人生が台無しにならない配慮でもあった。サリーナやカリーナだって、自分たちのやり方が対処両方でしかないことくらいは分かっている。彼女たちの浮世の人生は出鼻の中途で終わってしまったとはいえ、託したい思いがないわけでもなかった。
 これは三度目のレッスンだけれど、マコト君は落ち着いてきたみたいだ。
 ここの駅地下へ来る途中の車両の中で彼が「警察か法律家になりたい」などと話してくれたときは、サリーナとしては嬉しくもあった。彼女の生きていた頃には狂って腐りきっていたようだけれども、それでもちゃんとした専門家が増えれば、そんな悪状況も改善されるかもしれない。
『ふうん』
 つい並んで座った手指を絡めてしまうと、マコト君は赤くなったものだ。
 それから今の射撃訓練でも、背中にオッパイを感じて動揺しているのが微笑ましい。
「どうしたの? 集中できてるぅ?」
「その、背中に……」
「なーに?」
 サリーナは拳銃保持を教えがてら、背後から抱きすくめる姿勢をとってニヤニヤ笑う。
 心の中で楽しみつつ、しれっとして耳元に甘い息を吹きかける。
「平常心って大切なのよ」
「は、はい……」
 マコト君はそれ以上は言えなくなってしまう。
 こうして気がまぎれ、短絡的な復讐心が和らいだのはいいことでもあるだろうか?
 そのときカリーナが顔を出し、二人に呼びかけた。
「ご飯出来たよ」
 カリーナは駅地下のカフェ店(通常は使われていない)の厨房で料理を作っていたのだ。
 肉野菜炒め三人前のテーブルを囲む。
「おいしい」
 ちょうど空腹になっていた少年が舌鼓打つのも当たり前だった。
「そりゃそうよ。カリナはこう見えても、プロの料理人の娘だものね」
 サリーナの箸を運びがならの説明にカリーナは誇らしげに胸を張る。
「これってお父さん仕込みだからっ! こういう料理って、パッと見は簡単なようでも、コツとか調理法があるのよねっ! 『簡単に見える普通の料理が実は一番難しいんだぞ』って、よく言ってたわ。この前のシューマイはママの得意料理なのよ。……もう二人とも死んじゃったけど」
「そうなんですか」
「うん」
 沈黙。
 マコト君は「どうして?」と無言のままに、口に出せずに目で問いかけている。
 カリーナは目を伏せてちょっとだけ困った顔で答えた。
「もう昔のことだし。私たちが『幽霊みたいなもの』だって、話したでしょ。だけど私たちだってマコト君みたいな因縁や恨みがないわけじゃないの。だからマコト君もあんまり変に思い詰めても、いいことないと思う」
 サリーナと目線を交わすと、相方の真情を察している様子である。
 だからカリーナは論理立てて話すのは難しいながらに、どうにか思っていることを伝えようとする。
「……怒って悲しくって、どうしようもないのはわかるけど、それで道を間違ったらどうしょうもないでしょ? 私たちだって、今はどうにかこーにか上手くやってるけど、一時期は酷いもんだったんだから」
「そうね。ヤクザに銃乱射して自分も死んでたら世話ないわ」
 サリーナが朗らかに我が身を笑った。
「かえって怒られちゃうわ」
 過去に「やらかした」人間の言葉であるだけに妙に説得力がある。
 再びカリーナが似合わぬ真面目さで話を続ける。
「良かれと思っても、やり方間違えるととんでもないことになったりするんだから」
「そうなんですか?」
 カリーナはしばし考え深い様子で腕組みなぞしてから、両の腕をほどいてテーブルに身を乗り出す。少年の問い返しに真剣な眼差しで答える。
「そーよ。だから、マコト君は今すぐにヤクザを鉄砲で撃つとかするよりも、これから頑張って、将来またそういうことが起きないように、夢とか理想とか、頑張ったら良いと思う。それで助かる人も絶対にいると思うし、私たちだって『最初からそうできたら良かったかもしれない』って思ってるし、そう思ってるからこのメトロで働いてるのよ」
 彼女なりに、口下手ながらも大事と思うことを伝えたいのだ。
 かつて彼女の父親は工場の飯場のコックやら小さな食堂をやっていて、母は中国からの出稼ぎがきっかけで結婚したらしい。けれども幸せは長くは続かず、景気悪化や疫病流行が原因で経営難になってしまった。そうなると店舗の出資者からの苛斂誅求、しかもヤクザによるシャバ代・ミカジメの取立ても過酷で破綻に追い込まれた。
 そんなとき、店に出入りしているヤクザの集金担当の男から彼女に「イメージビデオに出ないか」という密かな提案、もとい騙しの勧誘があった。それで父親や店が助かるのならと、フラフラついて行ったのが運の尽きだった。「ちょっと水着を着るだけ」などというのは考えるまでもなく真っ赤な嘘で、その日のうちに麻薬を嗅がされて輪姦され、未成年裏ビデオの女優もとい材料にされてしまった(高校一年生の処女だったのに)。それをネタに脅され、逆らえずに従って更なる暗黒の深みに嵌まる。何も知らなかった父親は「お前の娘はシャブ中毒でビデオに出ているよ」と別口の強請りにあい、口止め料は店の経営にも致命傷になる。警察が逃げて組織内部の不良警官のスパイからヤクザに密告され、弟もヤクザに殴りかかって変態ビデオで女装で犯される羽目になる。
 とうとう見かねた警察の真っ当で真面目な人たちが動いても、今度は検察が裏切って「理由不明の不起訴」にして逃がしてしまう。さらには警察を頼ったことへの逆恨みで、素性が日本人かどうかさえ怪しい(ツリ目でエラの張った)ヤクザどもによる一家への虐めは、嗜虐的な極限にまでエスカレートした。不憫な弟は最後はふがいないばかりの父親を「親父のせいでお姉ちゃんが!」と恨んで刺し殺して、当てつけにヤクザの事務所の前で自殺してしまった。とうとう中国人の母親も耐え切れなくなって首を吊ってしまったし、絶望したカリーナ自身も列車に身を投げて、ついには一家全滅の憂き目に遭ったのであった(これは暗黒利権の都合で揉み消された数々の悲劇の一端である)。
 話を聞くマコト君は完全に圧倒されてしまっているようだった。
 もう感想の言葉すら出ない。
 カリーナは弟のことはほとんど伏せたし、両親の悲惨すぎる末路などもぼかし、ほんの事のあらましの概要をどうにかこうにか伝えただけなのだが、それだけでもインパクトは充分だったようだ。気配だけでも深刻な思いやりは察せられただろう。
 やがて少年は声を潜めて搾り出した。
「大変だったんですね」
「大変だったのよ」
 カリーナは語り終えて力が抜けたのか、フウッと区切るように溜め息して、椅子の背もたれに体重を預けた。
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