『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。
「ふう、思いのほか時間を食ってしまったな。ベル、腹がすいたろう?」

 宝石屋を出た途端、アレクシス様がくたびれたみたいに大きく伸びをした。
 男のひとには退屈な買い物だったかもしれないな、と私はくすりと笑う。

「私は逆に夢中になりすぎて、空腹も忘れちゃいました。ほとんど座りっぱなしだったし、むしろごはんより少し歩きたい気分」

「ならば、適当に買い食いしながら街を回るか」

「…………」

 買い食い?
 買い食い、って言った今? お貴族様ともあろう者が、買い食い……!?

 衝撃を受けていたら、アレクシス様が怪訝そうに眉をひそめる。

「どうした?」

 そんなに不思議そうに尋ねられると、逆に私の方が変なんじゃないかと心配になる。
 悩みつつ、どう聞いたものかと言葉を探した。そういえば、宝石屋さんの店主さんとも気楽な雰囲気で会話していたっけ。

「えっと……、お貴族様って一般的にもっとこう、偉そうっていうか、下々の者を見下してるっていうか、品行方正ぶってるものじゃありません?」

「貴族に対する偏見が過ぎる」

 言葉選びを思いっきり間違えたらしく、アレクシス様からあきれられてしまった。
 眉を下げる私に、アレクシス様が苦笑を向ける。

「まあ、王都から遠く離れたド田舎などこんなものだ。特にここ辺境は、魔物と地続きに生活する特殊な地だからな。基本的に『境界の森』で食い止めるとはいえ、魔物が人里近くに現れることだってある。辺境騎士団は日常的に街中を見回るし、街の人間との交流は深い」

「……アレクシス様も?」

「視察は領主としても大切な仕事だからな。己の目で確認してこそ、早めに気づける問題もある」

「…………」

 うぅん、領主様としてすごく立派な姿勢であるのは間違いないのだけれど。

 やっぱりどう考えても、アレクシス様は働きすぎだ。
 少しは仕事量を減らさなくては、体がいくつあっても足りないと思う。

「おっ見ろベル、魔物肉の軟骨カラアゲの屋台が出てるぞ! 酒のツマミに最高なんだ」

 私の心配など知らぬげに、突然アレクシス様が嬉しそうに声を上げた。……魔物肉の軟骨カラアゲ? 夫よ、妻に得体のしれない骨を食わせるつもりか?

 顔を引きつらせる私に気づくことなく、アレクシス様が嬉しそうに屋台にすっ飛んでいく。
 店員さんと二言三言交わし、すぐに小ぶりの紙袋を持って戻ってきた。

「一刻も早く食べねば。冷めると固くなるぞ」

「えっ時間制限あるんですか!? えぇっとでも、フォークもないし……っ」

 動揺していたら、アレクシス様がひょいと一つつまんで私の口に放り込む。熱っ!?

 文句を言ってやりたいのに、熱々のカラアゲが口を占領しているのでできない。
 あふ、あふ、と口の中の熱気を逃がしながら、少しずつ歯を立ててみた。コリコリッとした食感に目がまんまるになる。

「……っ、うそ、だぁ。ほねなのに、おいしい」

「そうだろうそうだろう。そらお代わり」

 またアレクシス様が一つ取ってくれる。
 今度は私も素直に口を開けて、またあふあふ言いながら咀嚼した。……やばい。これ、ハマりそう。

「お、お、お、美味しい~っ! 感動! アレクシス様、私、私、新しい美味を手に入れましたっ!!」

「そうだろうそうだろう」

「あははっ、領主様の奥様に気に入っていただけて光栄です」

 店員さんが屋台から手を振ってくれる。
 私も手を振り返し、それを皮切りにいろんなお店の人が声を掛けてくれた。
 見た目おどろおどろしいキノコの丸焼き、目玉のギョロリとした川魚の塩焼き……。口に入れるのに勇気がいるわりに、どれもとっても美味だった。

「境界の森産のものは、見目は悪くとも栄養と味は最高品質だ。辺境は都会と比べると過酷な地かもしれんが、少なくとも金と食には困らない」

「楽園かな?」

 私はすっかり満足して、食後の果実ジュースを楽しんだ。
 ちらりと見上げたアレクシス様の横顔も楽しげで、満腹のおなかがポッと温まる。

「……ねぇ、考えたんですけど」

 ベンチに座った足をブラブラさせながら、私は隣のアレクシス様に少しだけ体を寄せた。

「次からアレクシス様が視察に行くときは、私も付いていくってのはどうでしょう? 私じゃたいして役に立たないかもしれないけど、働きすぎなアレクシス様に少しでも休んでほしいんです……」

「ベル……」

 アレクシス様の目が大きく見開かれた。
 私はすかさず、剣ダコのできたアレクシス様の固い手に自分の手を重ねる。

「夫の体が心配なの。辺境は広いし、きっと泊まりの視察だってあるでしょう? 夜眠るときに、私のほっぺがあれば疲れも癒えるじゃありませんか」

 私、妻として夫の力になりたい……。

 ささやくように告げて、目を潤ませる。
 アレクシス様も熱い眼差しを私に向けて、そっと指で私の頬をなぞった。そうして豪快にひねり上げる。

「んむにゅうぅうっ!?」

「騙されんぞ、ベル。お前、ただ単にご当地辺境料理に興味があるだけだろう?」

「…………」

 てへ。
 バレました?

 照れ笑いでごまかそうとする間にも、アレクシス様は私のほっぺをむにむにしている。うむ、これはイチほっぺを超えているな。

「ちゃあんとマイナスニ、しといてくだしゃいね~」

「了解した」

 アレクシス様は満足気に息を吐くと、ようやく手を離してくれた。
 ほっぺ取引表は、最近ではアレクシス様が記録を付けてくれている。大事なものは自分で管理しなければ気が済まないのだそうだ。

 一応私も時々チェックはしているが、日付どころが時刻まで完璧に記載されている。
 少しぐらいの不正なら見逃してやる度量は私にもあるけれど、アレクシス様はそんな卑怯な真似はできないタチであるようだ。どこまで真面目なん、夫。

「さて、後は食虫花の根を売るのだったか」

「! そうだそうだ、忘れてました! ちゃんと覚えてた夫えらい。サンほっぺ進呈!」

「何だと!? ではこの場ですぐさまイチほっぺ追加させてくれ!!」

 お前には貯めるという概念はないのか。

 あきれる私を再び座らせ、アレクシス様は幸せそうにほっぺに手を伸ばす。
 マイナスニほっぺ、からのプラスサンほっぺ、からのマイナスイチほっぺ。

 今日も今日とて一進一退。
 ああ、ぽかぽかの日差しが気持ちいいな。

 真剣な表情のアレクシス様を盗み見て、私はこっそり笑いを噛み殺した。
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