『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。

相変わらず猪突猛進なんだから

 まあ言って辺境は遠いし、マリアベルお嬢様の到着までまだまだ日はかかるだろう。
 ひとまずそう結論づけて(決して考えることを放棄したわけではない)、私とアレクシス様は日常に戻ることにした。毎夜のほっぺ習慣はアレクシス様を癒やし、瘴気は順調に浄化できているらしい。

「――喜べ、妻よ! 明日から領主の視察に同行させてやろう!」

 ある晩、アレクシス様が唐突に宣言した。

 食後のデザートを食べる手を止めて、私はぽかんとアレクシス様を見返した。

「……は? 視察?」

「前に付いていきたいと言っていたろう。今回視察するのは、辺境の東側にあって宿場街として栄えるペルレアという街だ。『境界の森』との距離が近く、名物料理には事欠かない」

「わぁい! 行きますっ!」

 即座に手を打って快諾する私に、アレクシス様も嬉しげに目を細める。
 馬車で一日ほどかかるらしく、早朝に屋敷を出発して日が暮れる前にペルレアへ到着するのを目標にするそうだ。

「そんなわけで、今夜は早めに休むように」

「はぁい。ソニアさんとお屋敷の皆さんと、ついでにコンラートにもお土産を買って帰らないとですね」

「……コンラートにはやらんでいい」

 アレクシス様が唇をひん曲げ、拗ねたみたいにそっぽを向く。

 あれ、喧嘩でもしてるのかな?と首を傾げていると、アレクシス様は「あいつは駄目出しばかりしてくる」だの「俺の素晴らしきセンスを理解できん凡人め」だのとブツブツ独り言を言っている。
 うん、よくわかんないけどコンラートに賛成。アレクシス様のセンスは絶望的だと思うよ?

「ま、いいや。そしたらお部屋に戻って瘴気を浄化して、そんで早めに入浴してもう寝ちゃいましょ?」

「承知した」

 笑いながら手を差し伸べれば、アレクシス様も上擦った声で返事をした。まるでピクニック前日にはしゃぐ子どもみたいで、見ていて微笑ましい気持ちになってくる。

 そうして二人手を繋ぎ、競い合うように早足で部屋へと戻った。


 ◇


 翌朝。

 まだ暗いうちにソニアさんに叩き起こされた私は、半分目を閉じたままぼんやりと身支度を整えた。
 ソニアさんはいつも通り完璧な出で立ちで、寝起きとはとても思えないほど美しい。甲斐甲斐しく動いて着替えを手伝ってくれ、リボンで私の髪を結ってくれる。

「ベルさんの淡い金髪には水色がよく映えるわ。このリボンはわたしが選んだの。二重レースが可愛らしくて即決だった」

「えっ、私にも見せてくださいよ~」

「駄目。もう結い終わっちゃったから」

「…………」

 後ろの髪飾りって自分では見えないんだよね。
 仕方がないから、外してからのお楽しみにとっておこうっと。

 やっと少し目が覚めてきたと思ったら、タイミングよくお腹がぐうと鳴った。食堂に向かおうとした私を、ソニアさんが首を横に振って止める。

「朝食はバスケットに詰めてもらったから、馬車の中で旦那様と一緒にお食べなさい」

「わあ、なんだか本当にピクニックみたいですねっ」

 胸が弾んで、今さらながらワクワクしてきた。こんなんじゃ昨夜のアレクシス様を笑えない。

「おはようございます、夫ー!……ってありゃ。もう起きてる?」

 寝起きが悪い夫にしては珍しい。

 なんて思っていたら、アレクシス様は充血した目をぎらりと光らせた。

「一睡もできなかった……っ」

「何やってんですかもおっ! はしゃぎすぎでしょ!!」

 背伸びして脳天にチョップを食らわせ、私はプリプリ怒りながらアレクシス様の腕を引いた。バスケットはすでに馬車の中に詰んでくれたそうなので、後はアレクシス様を押し込めてしまえば完璧だ。

「ほら、まずは目をつぶって体を休ませて。朝ごはんは日が昇ってからにしましょ?」

「うう……、承知した……」

「行ってらっしゃいませ旦那様、ベルさん。楽しんできてね」

 見送ってくれるソニアさんに手を振って、馬車は軽快に走り出した。「よろしくお願いします」と御者さんに笑いかければ、なんと私を辺境まで連れてきてくれた懐かしのピエールさんだった。

「あははっ、なんだかこの三人旅懐かしい。そんなに前の話じゃないのにね、アレクシス様――……って、もう寝てるし」

 眉間に皺を寄せ、苦悶の表情で目をつぶっていた。楽しみにしていると思っていたのだけど、もしかして何か懸案事項でもあるのだろうか。

(……っていうか、なんで騎士服?)

 今日は領主としてのお仕事のはずなのに、アレクシス様はなぜかいつもの騎士団服を身に着けていた。挙動不審な様子といい、私の頭の中を疑問符が埋め尽くす。ふ、ふ……

「ふわ~あぁぁ……!」

 大あくびが飛び出したら、ピエールさんが振り返って「ベル奥様も寝てくださって構いませんよ」と笑ってくれた。……ベル奥様。前はそんな呼び方じゃなかったのにね?

 ちょっと照れつつ、私は素直にうなずいた。

 揺れる馬車の中、向かい合って座るアレクシス様を眺め、えいっと隣に移動する。鍛え上げられて安定感のある体に寄りかかれば、すぐに心地いい眠気が襲ってきた。

(……お休みなさい、アレクシス様)


 そうして結局二人揃ってお昼過ぎまで爆睡してしまい、朝ごはんは朝昼兼用ごはんとなってしまったのだった。
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